帰る場所—庵での準備
夏の陽が傾き始めたころ。
森を抜ける風に乗って、小川のせせらぎと虫の声が耳に届く。
「……ただいま」
木戸を押し開けた瞬間、胸の奥にじんわりと温かさが広がった。
学園の寮とは違う。ここは――庵。
「おかえりなさい、アマネ」
柔らかな声とともに、アサヒが姿を現した。
淡い色の着物に袖を通し、懐かしい笑顔を向けてくれる。
「少し痩せたんじゃない? たくさん食べさせないとね」
「無事に戻ったか」
低い声でルシアンが言う。手には小刀と削りかけの木片。
相変わらずの無骨さだけど、その視線はどこか優しい。
アマネは思わず笑みをこぼす。
「……やっぱり、ここが私の帰る場所です」
◇
夕刻。
庵の土間には、荷解きした学園の鞄と、これから迎える仲間たちのための準備が並んでいた。
アサヒは台所で保存食や干し肉を整え、草花を束ねた。
「皆が集まるなら、部屋を少し飾ってあげましょう」
手際よく色とりどりの花が壺に生けられていく。
ルシアンは庭で薬草を選別し、瓶に詰めて並べる。
「夏は体力を消耗する。特にミナ嬢やリュシア嬢は無理をしやすい」
その横でアマネは、手ぬぐいを巻いて薪を割っていた。
汗が額を流れるけど、不思議と苦ではない。
「アマネ」
ふと視線を上げると、カグヤが縁側にちょこんと座っていた。
白い尾を揺らし、じっとこちらを見ている。
「ふふ……みんなが来るの、楽しみだね」
声はない。けれどその金色の瞳が、確かにそう語っていた。
精霊は木漏れ日の中で光の粒を生み出し、小さな灯りを散らして遊んでいる。
アマネはそれを見上げながら、胸の奥で小さく誓った。
――ここで、みんなを迎える。
――私ができることを。
◇
夜。
囲炉裏の火が静かに揺れ、夕餉の香りが庵を包んだ。
ルシアンとアサヒの笑顔に囲まれて、アマネは湯気の立つ椀を手にする。
「明日から、賑やかになるわね」
アサヒの声に、アマネは頷いた。
「はい。みんなが安心できるように、準備しておきます」
その言葉は、まるで小さな家の主のようで――
二人の守護者は、目を細めて静かに頷いた。
夏の夜の空には、星が静かに瞬いていた。
庵の灯火は、仲間を迎えるための道標のように輝いていた。
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