幕間:カイルの準備—揺るがぬ理と、小さな決意
ソレイユ王都の一角。
アウグスティヌス邸の書斎には、紙とインクの匂いが満ちていた。
大きな窓から差す午後の光に、銀髪の男の影が長く伸びている。
「――庵、だと?」
父アウレリウスの声は冷ややかで、鋼のように硬い。
「はい。学院の友人たちと、しばしの合宿を」
カイルは姿勢を正し、視線を逸らさずに答えた。
「辺境の無名の集団に、何を学ぶ。聖堂の蔵書と、正統の学びこそが全てだ」
アウレリウスの指が机を叩く。まるで一つの判決を告げるように。
カイルの唇がわずかに動く。
――確かに、教会の知は体系化され、正しさを誇っている。
だが学院で過ごした一年、彼は気づいた。
「正しさ」がすべてを救うわけではないことに。
「……父上の仰ることは理解しています。ですが、私は――確かめたいのです」
「確かめる?」
「学園では辿れなかった資料があります。古文書の写しを庵で整理すれば、新しい糸口が見えるかもしれない」
言葉は正論の衣をまとっていたが、その奥にあるのはただの直感だった。
庵には、自分の理屈を超えた「何か」が眠っている気がする。
アウレリウスはしばらく黙し、やがて肩を落とした。
「愚行でないことを祈る。……だが、選ぶのはお前だ」
背を向けた父の声は、諦めとも、信頼ともつかない響きだった。
◇
書斎を出たカイルは、私室の机に置かれた荷造りの鞄を開けた。
服と書物の間に、自作の魔道具がいくつか忍ばせてある。
光を蓄える石。未完成の簡易結界装置。
――実験の余地は、庵の方が広い。
窓辺に座っていた母が、柔らかく微笑んだ。
「無茶はしないでね、カイル。あなたはいつも考えすぎるから」
その声に、胸の緊張がわずかに緩んだ。
鞄の留め具を閉じる音が響く。
「……考えるだけじゃ、答えは見えない。だから行くんだ」
カイルは小さく呟き、拳を握った。
庵で、自分の理を試すために。
そして、父が語らぬ「真実」に近づくために。
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