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聖女候補の支度—庵へ向かう決意

学院の鐘が午後を告げるころ、リュシアは自室の机に向かっていた。

小さな旅行鞄の中に、淡い布のワンピースとリボンをそっと並べる。

指先は震えていた。

「……本当は、着てみたい。けれど……」

胸に浮かぶのは、庵で過ごした日々。

穏やかに語るルシアンの声、アサヒの優しい笑み。

そして――庵にいるときだけ、心から笑えていた自分。

「……もう一度、お会いしたい」

思わずこぼれた言葉に、心臓が跳ねた。

だがすぐに、冷たい声が脳裏をよぎる。

――伯母のマリアならこう言うだろう。

「聖女候補が“庶民の遊び”に興じるなど、恥を知りなさい」

服を畳む手が止まる。

「……私は、聖女候補。勝手な願いで動くわけには……」

「迷っているのですね、リュシア」

静かな声が扉の向こうから響いた。

入ってきたのは修道院総長――マザー・アメリア・ラウレンティア。

深い皺をたたえた顔は、叱責ではなく温かな眼差しを向けていた。

「夏休みに庵へ行くのでしょう?」

「……はい。でも、私は聖女候補で……伯母に知られたら」

アメリアは鞄の中を覗き込み、そっとワンピースに触れた。

「可愛らしい服ですね。あなたが選んだのですか?」

「……はい」

小さな声で答えると、アメリアはふわりと微笑んだ。

「いいのです。あなたが“会いたい”と願うのなら、その気持ちは尊い。

聖女はただ祈りを捧げる人形ではありません。人と共に笑い、涙を流す者であってほしい」

リュシアの瞳が揺れる。

「でも……私は……」

「形式を守ることは大切です。けれど、自分の声を消してはいけません」

アメリアは彼女の肩に手を置いた。

「ルシアンに、アサヒに、もう一度会いたいのでしょう? ならば胸を張りなさい」

リュシアは目を伏せ、そしてゆっくりと顔を上げた。

「……はい。私、行きます。庵へ」

その決意に、アメリアは満足げに頷く。

「良い夏を。いずれ来る嵐に備えるためにも」

夕陽が窓を照らし、リュシアの影を伸ばす。

彼女は鞄を抱えた。

――もう人形ではない。会いたいと願った自分の声を、ようやく選び取ったのだから。


読了感謝!いけるところまで連続投稿でお届けします(不定期・毎日目標)。

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