入学式—勇者と聖女の座標
学園講堂の中央に、白い布を敷いた長い壇が伸びていた。
天井のステンドグラスから降る光が反射し、まるで神殿に迷い込んだかのよう。
ざわめく声が、胸の奥を震わせる。
「静粛に!」
係員の声で空気が収束した。
壇奥の緋色の絨毯の上で、王が立ち上がる。
――アルフォンス陛下。金髪に薄く白を交え、威厳ある姿。武人として鍛えた体躯は健在だが、その目の奥には疲れが刻まれている。
「……今日より新たに、勇者を支える者たちを育む学び舎に迎えることを、王として誇りに思う」
低い声が講堂に響く。
次に名が呼ばれる。
白い礼装の少女が前に進み出た。淡い金髪に碧眼。
整った顔立ちに一片の曇りもない――聖女、リュシア。
「教会が認めし聖女リュシア。この国の祈りを担い、勇者と共に歩む者である」
講堂を大きな拍手が包んだ。
だが、私は気づいた。彼女の笑みは、ほんの少し硬い。
誰かに「そう笑え」と命じられたような、つくられた表情。
拍手が収まらぬうちに、人々は次の名を待つ。
「続いて、新入生代表――第二王子アルト殿下」
壇に上がったのは、栗色がかった金髪の少年。
王妃譲りの気品、真っ直ぐな背筋。第一王子レオンのような威厳はまだないが、どこか親しみやすい雰囲気があった。
「……本日ここに集った者は、皆、未来を支える仲間であります。勇者の座は一人で背負うものではなく、共に歩むことで強くなると、私は信じています」
温かな拍手が広がる。
けれど、その裏で小さな囁きが交わされていた。
「勇者候補は殿下で決まりだな」
「やはり血筋。庶民には望むべくもない」
――勇者。
数百年に一度、世界を救う存在が現れる。
学者も教会も、この十数年で再びその時が来ると声を揃えている。
だから学園は「勇者を支える者」を育てる場所になった。
聖女はすでに決まっている。リュシア。
勇者候補は、第二王子アルト。
けれど私は――壇上の横に控える第一王子レオンを見て、小さな違和感を覚えた。
長身に白い軍服、凛とした横顔。国民人気も高く、才覚も兄に分があるはず。
それなのに、誰も「勇者候補」にその名を挙げない。
「総合力なら第一王子レオン殿下に軍配だ」
「だが戦闘の素質なら、第二王子アルト殿下だ」
「……いや、“勇者の座”はアルト殿下でなければ困る」
困る? 誰が? なぜ?
問いは胸に沈んだまま、式典は粛々と進んでいく。
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