暴走の始まり—閉ざされた結界
夜の帳が落ちた学院に、不気味な鼓動のような震動が走った。
演習場の中央に立つラインハルトの身体から、黒い靄が溢れ出している。
「……やめろ、ラインハルト!」
アルトが叫ぶ。
しかし、その声に応える代わりに、紅い瞳がぎらりと光を放った。
「俺は……導く者だ。弱き者は影に縋ればいい……俺が――導く」
低く響く声と同時に、地面に複雑な紋様が浮かび上がる。
それは術式の円陣となり、轟音とともに光が弾けた。
――次の瞬間。
学院全体を覆うかのように、黒い結界が立ち上がった。
鋼より硬く、炎よりも冷たい壁。
外界とのすべての通路を閉ざし、演習場を中心に濃い影が広がっていく。
「な、なんだ……!?」
ジークが剣を構えながら振り返る。
外から駆け寄ろうとしたクラリスたちの姿が、結界の向こうに見えた。
「アルト殿下!」クラリスが声を張る。
「中に……入れない!」ユリウスが拳を叩きつける。
「くそっ、援護できねえ!」ダリオが結界を殴るが、びくともしない。
セリーヌが青ざめて叫ぶ。
「待って! あれ……影の魔物が溢れてきてる!」
外周に現れた獣影が、結界を押し破ろうと蠢いているのが見える。
「……なら、ここは俺たちでやるしかないってことだ」
カイルが眼鏡を押し上げ、冷静に言った。
その言葉に、仲間全員が頷く。
――結界の中。
六人だけが、ラインハルトと、そこから生まれる影の群れに対峙していた。
「アルト……」
アマネが小さく呟く。
握る刀が震えていた。だが瞳は、紅い光に染まる友の姿をまっすぐに見つめていた。
黒い靄が渦巻き、影の牙を持つ獣たちが次々と姿を現す。
狼、蛇、猿――。
地を這い、壁をよじ登り、空を舞う。
「……くるぞ!」
アルトが剣を構える。
外の援護は、ない。
結界に閉ざされた学院の中心で、六人の戦いが始まろうとしていた。
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