暴走の兆し—影を呼ぶ声
夜の学院。
冬の冷気が石畳を撫で、月明かりが淡く差し込む。
その中庭に、ひとり佇む影があった。
ラインハルト。
胸の奥で、昼間のざわめきが何度も反響していた。
――ラインハルト様こそ導く者だ。
――勇者はアルト殿下、だが導くのはあなた。
――器の大きさが違う。
歓声。囁き。拍手。
それらが頭の中で混ざり、ひとつの声に変質していく。
――導け。
――お前が導く者となれば、すべてを掌握できる。
「俺は……勇者じゃない」
ラインハルトは呟いた。
「だが導く者だ。俺の力で……」
その瞬間、胸の奥から熱が迸る。
いや、熱ではない。冷たい何か。
皮膚の下を這いずり回る黒い靄が、体の隙間から滲み出す。
「……っ、制御が……きかない……!?」
足元に影の波紋が広がり、地面に黒い亀裂が走る。
そこから、濃い闇が這い出す。
最初は、小動物の影。
だが歪んで、異形の輪郭を取った。
「ギィィィッ……」
人影のようで人でなく、影が肉を持ったような存在――影ゴブリンが数体、這い出てきた。
ラインハルトは目を見開く。
「これは……俺の……意思じゃ……!」
だが声は届かない。
背後からさらに黒い影が噴き上がり、狼の形をとった。
赤く光る瞳、牙を剥き出しにした影狼。
さらに、地面の亀裂から巨大な蛇の影が這い上がる。
鱗に似た闇の膜が光を呑み込み、口腔の奥で紅の光が蠢いた。
「やめろ……止まれ……!」
必死に腕を振るが、魔力は暴走し続ける。
制御できない。
導く者として誇らしく感じた力は、もはや彼自身を喰らい尽くそうとしていた。
◇
「……っ、今の揺れ……?」
寮の窓辺で目を覚ましたアルトが、月下に揺れる影を見た。
隣の部屋から飛び出してきたヒナタが、息を呑む。
「アルト……あれ……!」
遠く、学院の中庭で渦巻く黒い靄。
その中心に立つラインハルトの姿が、はっきりと見えた。
「……ラインハルト……!」
アルトは剣を掴み、駆け出した。
仲間たちも次々と後を追う。
暴走の夜が、ついに幕を開けた。
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