古き記録—依代の断片
学院図書室。
冬の夕暮れ、窓から差す光は短く、長い影が本棚の間を縫っていた。
冷えた空気の中、カイルが古びた写本を机に広げる。
「これだ……“建国録補遺”。」
革表紙は擦れ、ところどころに黒い塗り潰し。
読み進めるほどに、意図的に隠された痕跡が浮かんでくる。
「……妙だな。英雄譚としては歯抜けが多すぎる」
彼は眼鏡を押し上げ、指で文字をなぞる。
そして一行――わずかな隙間に刻まれた言葉を見つけた。
「“依代”……?」
アルトが息をのむ。
リュシアも椅子を引き寄せ、文字を覗き込む。
「依代とは……悪魔をこの世につなぎ止める器。
そして――“意志の弱き者、取り込まれやすし”」
欠落した文章の中、かろうじて読み取れるのはそれだけ。
カイルは静かに言葉を継ぐ。
「幼い頃、実家の書庫で似た記述を読んだ気がする。“意志”が鍵になる、と……。
だが、その先は削られていた」
アルトの胸に、影狼の夜のことがよぎる。
ラインハルトの瞳に揺れていた“濁り”――。
リュシアの言葉が重なる。
「……あの糸。縛っているだけじゃない。意志を、削っている」
◇
そのとき、重い靴音が近づいた。
振り返ると、白髪を束ねた老人――エジル・カーネル学園長が立っていた。
「君たち、こんな時間まで調べものかね」
視線が本に落ち、目が細まる。
「……なるほど。“依代”に辿り着いたか」
緊張が走る。
エジルはゆっくりと椅子に腰を下ろし、言葉を選ぶように口を開いた。
「その言葉は、建国の頃から影のように残っている。
だが、どう救うかまでは記されていない。……私も、正解を持っているわけではないのだ」
「じゃあ……」アルトが唇を噛む。
「だが、無駄ではない」
エジルの眼差しは鋭くも優しい。
「“意志が残っているなら、呼び戻せるかもしれない”。そう書き残した学者もいた。
希望は、確かにある」
◇
沈黙が落ちた後、アマネがそっと呟いた。
「なら……諦めなくていいんだね」
リュシアが頷く。
「縛られても、意志が消えない限り――救える可能性は残っている」
「けどよ、それをどうやって呼び戻すかだ」ジークが腕を組む。
「剣で叩き割るわけにもいかねぇしな」
「魔法だけでも足りない」カイルが補う。
そこで、アルトが強く拳を握った。
「……だから、俺たちで探すんだ。勇者とか聖女とかじゃなく、みんなの力で」
橙色の光が差す図書室。
その中で芽生えたのは、小さくとも確かな希望だった。
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