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古き記録—依代の断片

学院図書室。

冬の夕暮れ、窓から差す光は短く、長い影が本棚の間を縫っていた。

冷えた空気の中、カイルが古びた写本を机に広げる。

「これだ……“建国録補遺”。」

革表紙は擦れ、ところどころに黒い塗り潰し。

読み進めるほどに、意図的に隠された痕跡が浮かんでくる。

「……妙だな。英雄譚としては歯抜けが多すぎる」

彼は眼鏡を押し上げ、指で文字をなぞる。

そして一行――わずかな隙間に刻まれた言葉を見つけた。

「“依代”……?」

アルトが息をのむ。

リュシアも椅子を引き寄せ、文字を覗き込む。

「依代とは……悪魔をこの世につなぎ止める器。

そして――“意志の弱き者、取り込まれやすし”」

欠落した文章の中、かろうじて読み取れるのはそれだけ。

カイルは静かに言葉を継ぐ。

「幼い頃、実家の書庫で似た記述を読んだ気がする。“意志”が鍵になる、と……。

だが、その先は削られていた」

アルトの胸に、影狼の夜のことがよぎる。

ラインハルトの瞳に揺れていた“濁り”――。

リュシアの言葉が重なる。

「……あの糸。縛っているだけじゃない。意志を、削っている」

そのとき、重い靴音が近づいた。

振り返ると、白髪を束ねた老人――エジル・カーネル学園長が立っていた。

「君たち、こんな時間まで調べものかね」

視線が本に落ち、目が細まる。

「……なるほど。“依代”に辿り着いたか」

緊張が走る。

エジルはゆっくりと椅子に腰を下ろし、言葉を選ぶように口を開いた。

「その言葉は、建国の頃から影のように残っている。

だが、どう救うかまでは記されていない。……私も、正解を持っているわけではないのだ」

「じゃあ……」アルトが唇を噛む。

「だが、無駄ではない」

エジルの眼差しは鋭くも優しい。

「“意志が残っているなら、呼び戻せるかもしれない”。そう書き残した学者もいた。

希望は、確かにある」

沈黙が落ちた後、アマネがそっと呟いた。

「なら……諦めなくていいんだね」

リュシアが頷く。

「縛られても、意志が消えない限り――救える可能性は残っている」

「けどよ、それをどうやって呼び戻すかだ」ジークが腕を組む。

「剣で叩き割るわけにもいかねぇしな」

「魔法だけでも足りない」カイルが補う。

そこで、アルトが強く拳を握った。

「……だから、俺たちで探すんだ。勇者とか聖女とかじゃなく、みんなの力で」

橙色の光が差す図書室。

その中で芽生えたのは、小さくとも確かな希望だった。


お読みいただきありがとうございます。

いけるところまで連続投稿! 準備でき次第どんどん載せます(更新は不定期ですが毎日目標)。

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