広がる輪—冬の影
新年を迎えた学園の中庭は、吐く息が白く散るほどに冷たい。
冬枯れの木々に粉雪が積もり、石畳の上に小さな霜がきらめいていた。
だが、冷え込む空気に反して――生徒たちのざわめきは熱を帯びていた。
「やっぱり別格だよな、ラインハルト様は」
「今年は間違いなく彼の時代だ」
「勇者候補の中でも頭ひとつ抜けてる」
授業の合間、すれ違う声はみな一様に同じ名を口にする。
まるで冬の静寂を押しのけるように、その名が広がっていく。
夕刻。
裏庭の石段に腰を下ろすラインハルトは、数人の生徒を従えていた。
黒髪を風に揺らし、ゆったりとした笑みを浮かべるその姿には――不思議な吸引力があった。
「俺についてくれば、間違いはない」
短く放たれるその言葉に、生徒たちは一斉に頷く。
それは忠誠の声。けれどどこか、張り付いたような響きが混ざっていた。
彼の背後に差す夕日が、赤黒く影を伸ばしていく。
その影の中で、誰も気づかぬ冷たい煌めきが一瞬、瞳に宿った。
少し離れた柱の陰から、その様子を見ていたアルトは拳を握る。
「……仲間じゃない」
彼の声に、アマネが不思議そうに顔を上げた。
「でも……みんな楽しそうに笑ってますよ?」
「笑ってるけど、自由じゃない」
アルトの声はかすかに震えていた。
それは、自分自身の影を思い出したからだ。
“勇者でなければならない”と縛られていた、ほんの少し前の自分を。
リュシアがそっと前に出る。
「……アルト様。彼の周囲には、魔力の糸のようなものが漂っています。
人の心を結び、縛りつけるような……普通の人には見えませんが」
アマネは目を丸くした。
「魔力の……糸?」
「はい。放っておけば、この学院は――」
リュシアの声が雪のように冷たく落ちる。
「影に絡め取られてしまうでしょう」
遠く、奏の会の仲間たちもその光景を目にしていた。
クラリスは目を細め、
「……あれは人を導く力ではない。縛りよ」と小さく呟く。
隣でユリウスは唇を噛む。父から与えられた命令と、自分の矜持のはざまで。
冬の空気を切り裂くように、アルトは深く息を吸い込んだ。
「……守らなきゃ」
その呟きは小さく、白い息となって空へ溶けた。
けれどそれは――春に向かう嵐の始まりを告げる音だった。
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