試験の仮面—年明けの影
冬の冷気がまだ石造りの廊下に残っていた。
年明け最初の総合評価試験。剣術と魔術の実技を兼ねた一日が始まる。
「新年一発目から試験って、効率悪いよなぁ……」
ジークが肩を回し、息を吐く。
「でも、区切りとしては合理的です」
カイルが眼鏡を押し上げると、ミナが横から茶化した。
「はいはい、“灰色メガネ”は今年も理屈っぽいね~」
周囲は新年の活気に包まれながらも、演習場には張りつめた空気が広がっていた。
教師たちが並び、魔導学教授イザークが冷ややかに告げる。
「今年最初の試験。力を示せ。順位が、そのまま君たちの価値だ」
午前の部。
ジークが鋼のような剣技で標的を両断し、歓声が上がる。
「おおーっ、さすが!」
庶民の生徒たちからも拍手が湧く。
アルトは静かに剣を振り抜き、魔力を合わせて的を撃ち抜いた。
派手さはない。だが正確さと安定感に、騎士教官ガロウが頷く。
「いい剣だ。仲間を守るための一撃になっている」
アマネも出番を終え、少し肩で息をしながら戻ってきた。
「……ふう、やっぱり緊張しますね」
「でも、よくやったよ」アルトが小さく微笑む。
それだけでアマネの胸はほんのり温かくなった。
そして午後。
最後に名が呼ばれた。
「――ラインハルト・フォン・グランツ」
その瞬間、演習場にざわめきが広がる。
「出たぞ」「勇者候補だって噂の……」
黒髪を揺らし、堂々と進み出るラインハルト。
片手で剣を構えた瞬間、魔力の圧が空気を震わせた。
「……っ、強い」
誰かの声が漏れる。
次の瞬間、剣が唸りをあげ、標的の人形が粉砕された。
ただの一撃。
破片が舞い散り、生徒たちがどよめきと歓声をあげる。
「すげえ……!」
「やっぱりラインハルトだ!」
イザークが満足げに頷き、声を張った。
「見事だ! 制御も冴えも完璧。この学園において、他に並ぶ者はおるまい!」
喝采が演習場に満ちる。
だが――。
アマネは、手を胸に当てて首を傾げていた。
(……庵で感じた“気配の欠落”……あの夜と同じ……?)
リュシアが小声で囁く。
「力は確かに優れています。けれど……治癒が拒まれるような濁りが、わずかに混ざっている」
アルトは拳を握りしめた。
「……笑っているのに、仮面みたいだ。何かを隠してる……」
だが三人の違和感は、喝采にかき消される。
周囲は「勇者候補はラインハルトだ」と囁き合い、期待と憧れの目を向けるばかり。
橙色の夕日が差し込む中、ラインハルトは微笑んだ。
その笑みの奥で――誰も気づかぬ影が、静かに広がっていた。
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