命じられた影—父の望むもの
夜。王都の一角にそびえるグランディール公爵邸。
煌々と灯された燭台の下、長い食卓にユリウスは一人座っていた。
父リヒャルトは豪奢な椅子に腰を沈め、肉と葡萄酒をゆったりと口に運んでいる。
「学園生活には慣れたか」
低く響く声。
ユリウスは姿勢を正し、抑揚なく答える。
「はい。授業も滞りなく」
「ふむ……だが最近、妙な噂が耳に入ってな」
リヒャルトはグラスを揺らし、息子を見据えた。
灰色の瞳に宿るのは、威圧と猜疑。
「孤児上がりの娘――アマネとか言ったか。あれが王妃や第二王子に近づいているらしい」
「……彼女は、同級生です」
「同級生で済むかどうか、だ」
短く鼻を鳴らすと、リヒャルトは椅子の肘掛けを握った。
その指にはめられた金の指輪が、炎を反射してぎらつく。
「貴族でも王族でもない雑種が、この国の中枢に関わるなどあってはならん。お前が監視しろ。王妃派に利用される前にな」
胸の奥に冷たい刃が突き立つようだった。
ユリウスは無意識に拳を握る。
(……監視、か)
浮かんだのは、昼下がりの中庭。
クラリスが告げた言葉――
『あなた自身の矜持を聞かせてちょうだい』。
父の前では、反論など許されない。
けれど心は、あの澄んだ声を無視できなかった。
「……承知しました」
絞り出すように答えると、リヒャルトは満足げに頷いた。
「よいな。芽が出る前に摘むのだ。――グランディール家の矜持を忘れるな」
会話はそれで終わり、豪奢な食堂には食器の音だけが残る。
ユリウスは一礼し、重い扉を押し開けた。
廊下に出た瞬間、胸にのしかかっていた圧力が少しだけ薄れる。
だが足はすぐには前に出なかった。
(アマネ……あの子に本当に“摘まれるべき芽”なんて影があるのか?)
思い出すのは、教室で仲間と笑う素朴な横顔。
庶民の生まれなど気にせず、ただ真っ直ぐに人を見て言葉を交わす姿。
そして――その隣に立つクラリスの横顔。
彼女が見せた、揺るぎない眼差し。
(俺は……何を選ぶ? 父の命か。俺自身の矜持か)
答えはまだ出せない。
けれど、胸の奥で確かに芽吹いた問いが、ユリウスを縛りつける鎖を少しずつ揺らしていた。
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