囁かれる噂—秋の陰影
秋の陽射しが石畳を黄金に染め、落ち葉が風に舞った。
授業を終えた生徒たちがざわめきと共に廊下を歩き、靴音が響き渡る。
「聞いたか? 最近のラインハルトのこと」
「ラインハルト・グランツ? 何だよ」
二人組の貴族生徒が声をひそめる。だが抑えた声はすぐに周囲へ広がった。
「この前の演習じゃ目立たなかったのに、急に力をつけてるって噂だ」
「俺も聞いた。夜中に訓練場で魔法をぶっ放してたとか」
「教師がつきっきりで稽古してるらしいぞ。特別扱いだろ」
半信半疑の声が重なり合い、廊下に妙な緊張感を生んでいた。
「……ラインハルトの噂、多いね」
アマネが小さく呟くと、隣のミナが肩をすくめる。
「効率悪い稽古の繰り返しじゃないの? あいつ、要領良さそうに見えて結局は力押しタイプでしょ」
「でも、最近の魔力の伸びは本物みたいです」カイルが眼鏡を押し上げる。「課題の提出も妙に出来がいい」
「ちっ、やる気になったかよ」ジークが鼻を鳴らした。「だったら演習の時に前に出りゃよかったんだ。あの狼、最後に斬ったのはアルトだろ」
仲間の視線がアルトへ集まる。
「……僕は、皆と一緒にいただけだ」
アルトは目を伏せ、唇を噛む。
アマネはその横顔を見つめ、ふっと笑みを浮かべた。
「でも、みんなで勝ったんです。それで十分だと思います」
その言葉にアルトは一瞬だけ目を見開き、やがて小さく「ありがとう」と返した。
重さを抱えた肩が、ほんの少しだけ軽くなる。
廊下を進むうちに、別の噂が耳に届いた。
「この前、教師と一緒に王城に呼ばれたらしいぞ」
「え、なんでラインハルトが?」
「演習での功績を認められたって話だ」
「……でも、あの時ラインハルト、どこにいた?」
最後の疑問は小さな声で掻き消えた。
けれどアマネの耳には、確かに届いていた。
(……やっぱり。影狼のとき、気配がなかった)
焚き火の前で覚えた違和感。
リュシアも同じ思いを抱いている。だが周囲は誰も疑わない。
むしろ「新しい英雄」として、ラインハルトの名は少しずつ広がっていった。
夕刻。
橙色の光に照らされた中庭で、ラインハルトが数人の取り巻きに囲まれていた。
「ラインハルト様、今日もご指導を!」
「次の演習もぜひ先頭に!」
彼は笑みを浮かべ、軽やかに応じていた。
かつての傲慢さは鳴りを潜め、落ち着いた振る舞いすら見せる。
だが――その瞳の奥で、黒い影が揺らめいていた。
それに気づく者は、まだ誰一人いない。
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