適性測定① ―座学の机
広い講堂に長机がずらりと並び、白墨の匂いが漂っていた。入学式の前に行われる「適性測定」。その第一は、筆記試験だった。
机の上には羊皮紙の冊子と羽根ペン。問題は王国史から魔導基礎理論、そして「倉庫火災で救助の優先順位をどう定めるか」といった倫理的な問いまで、幅広い。
私はペンを握りしめる。喉が少し乾いていた。庵でアサヒに教わった字を思い出しながら、一文字ずつ丁寧に書く。
(……庵ならどう答えるかな?)
「状況を、聞く」
自然と、その言葉が欄外に走った。答えを急ぐより、人の声を聞いて選ぶ。それが、私の知っているやり方だ。
隣ではミナが迷いなくペンを走らせている。欄外の余白は使わず、最短の語で結論を次々書き込んでいく。
「……効率は正義」
小声でつぶやいて、にやりと笑った。
前列では、白と金の制服を着た少年――アルト殿下が、真剣な顔で答案に向き合っていた。模範的に、どの問いにも完璧な解答を書こうとしている。けれど肩は硬く、紙を押しつぶすほど力が入っていた。
一方、背後では大きな声が響いた。
「ははっ、こんな問題、簡単すぎるな!」
黒髪をきっちり撫でつけた少年――ラインハルトが、答案を高々と掲げてみせる。取り巻きたちが「さすがです!」と囃し立てる。
「庶民風情には到底解けんだろう」
わざとらしくこちらを一瞥する。その冷たい目に、胸がぎゅっと縮んだ。
だが講堂の壇上から、杖で床を「コン」と鳴らす音が響いた。
「学問に身分は関係ない」
声を発したのは、学園長エジル・カーネル。白髪交じりの頭を束ね、落ち着いた眼差しで場を制した。
「知を求める姿勢こそ評価すべきだ。答えを軽んじる者は、答えに見放される」
その一言でざわめきが収まる。だが、ラインハルトの口元は不満げに歪んでいた。
別の監督官――細い目の男セドリックは、何も言わずに答案を回収していく。権力に逆らわぬ無表情。
さらに、黒髪の教授イザークが小さく笑った。
「力ある者が導く。これは理の当然ですな、学園長」
挑発めいた口ぶりに、エジルは答えなかった。ただ静かに生徒たちの様子を見ていた。
私は再び答案に視線を落とす。震える指先で、最後の問いに答えを書き込んだ。
――“私は、状況を聞いて決めます”
庵で教わった通りに。
試験終了を告げる鐘が鳴ると、緊張で固まっていた肩が少しだけ軽くなった。
「よし、次は魔力だね」
ミナが笑って私の背を叩く。
「怖がるのはいいこと。でも、止まらないでね」
私はこくりと頷いた。庵の言葉を胸に、次の測定へと歩き出した。
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