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道を往く—庵の記憶

王都を抜ける街道は、朝の霧に包まれていた。

戦の傷痕はまだ癒えきらず、通りすがる旅人たちの顔に疲労の影が残っている。

その中で一人歩むアルトの姿は、どこか影を背負っていた。

影狼との戦い。

魔物の異変。

そして、仲間たちと掴んだ勝利。

――だが、自分だけが称えられ、重荷を背負わされたことが、胸の奥で燻り続けている。

(……俺は、本当に“勇者”なのか?)

問いは答えを拒むかのように重く、歩く足取りを鈍らせた。

やがて、街道を外れ、森の小径へと入る。

地面に落ちる光はまだ淡く、鳥の鳴き声すら静かだった。

ここから先が、庵へと続く道――母に手を引かれて歩いた、遠い日の記憶が蘇り始める。

幼い自分の手を、やさしく包んでいた温もり。

森の木漏れ日を受けながら微笑んでいた、母の横顔。

『アルト、ここは特別な場所なの。いつか、あなたが自分で歩くときが来る』

その声が、ふいに耳の奥で蘇る。

けれど記憶は霞がかかったように曖昧で、何を意味していたのかは掴めない。

(……母上。あなたは、何を伝えたかったんだ?)

歩を進めると、土の香りと、川のせせらぎが近づいてくる。

同時に、さらに遠い記憶の断片が重なった。

――そこには、黒髪の少女がいた。

同じくらいの年頃で、まだ幼さを残していた。

水辺で笑っていて、振り返ったその瞳は、不思議と自分を見透かすように澄んでいた。

「……あれは……」

思わず立ち止まる。

霧が晴れるように、記憶が形を取りかける――だが、すぐにまた靄に包まれてしまう。

少女の名も、声も、何も思い出せない。

ただ、その笑顔だけが胸の奥に焼きついていた。

(アマネ……なのか? いや、そんなはずは……)

額に手を当てる。

考えれば考えるほど、答えは霧散していった。

けれど、何かが繋がっているという直感だけは、心の奥で確かに鳴り続けている。

森を抜けると、山間の小道に出る。

風が吹き抜け、背の高い草がざわめいた。

その音がまるで囁きのように耳に届く。

『アルト、あなたはどうしたいの?』

幻のように、アマネの声が胸に響いた。

あの夜、彼女に問われた言葉。

答えられなかった問い。

それは今も、自分を縛り付けている。

(……俺は。俺は――)

拳を握る。だが、言葉は喉で詰まった。

勇者であることを望んでいるのか。

それとも、ただ仲間と歩みたいだけなのか。

答えは出ない。

ただ、歩みだけが前へ進んでいく。

やがて、山あいの静かな集落が見えてきた。

木造の小さな庵。その屋根から白い煙が立ち上っている。

幼き日に見た風景と、今の光景が重なり合う。

懐かしさと、不安と、期待が胸の中で渦を巻いた。

だがアルトは深呼吸し、足を進めた。

庵の戸口には、誰かの影が立っていた。

紫苑色の髪を結い上げたアサヒが、やさしく微笑んでいる。

その背後に、外套を下ろしたセレスの姿も見える。

「ようこそ、アルト・ソレイユ。――ここが、あなたの探していた場所よ」

その声は、霧を晴らす風のように、まっすぐに彼の心に届いた。


更新は不定期ですが毎日目標。ブクマ&感想が励みになります。

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