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建国前夜(分岐)/両親への挨拶

夜明け前、王都の空はまだ群青の名残を抱いていた。

地図と報告書で埋まる政務室に、レオンとエリスティアは向かい合う。窓辺では灯が一つ、風に震えた。

「輸送線、東の峡谷は土砂が残っています。橋桁の仮設案、今朝には承認が下りるはずです」

「助かる。庶務院へ連絡。仮設のあと、常設の設計はリュミエール側と共有しよう」

肩書きの言葉は端的だが、目の奥には同じものが灯る。守るべき人々の顔。その列が、いつも二人の背を押す。

エリスティアは羊皮紙を束ね、そっと両手で差し出した。

「殿下──いえ、レオン。これは守り人からの連絡線図です。森の“道”は人の言葉で通いがよくなる。書き置いた言葉は、橋と同じです」

レオンは受け取り、指先で紙の縁をなぞった。

「言葉で架ける橋、か。いい比喩だ。……彼らが渡る橋を、今度は私たちが守ろう」

まばらに登庁してくる役人、書記官、タウンギルドの代表、施療院の弟子。入室しては短く言葉を交わし、ひとりひとりと握手して送り出す。

握手は儀礼であり、誓いでもある。紙の承認よりも確かに、掌の温度が“約束”を定着させていく。

扉が閉まるたび、静けさが戻る。そのたび、二人は顔を見合わせ小さく笑った。

「終わったら、向かいましょう。私も行きます」

「……ありがとう。君がそばにいてくれるなら、どの道も怖くない」

同じ朝。

アルトとアマネは王都の門をくぐり、封印地へ続く街道へ馬を進めていた。霜を踏む音が二頭ぶん、規則正しく続く。遠くで、目覚めたばかりの屋台が湯気を上げる。

「寒い?」

「平気。ね、あそこの村に寄っていこう。昨日の戦で、柵が壊れたって聞いた」

予定表にはない寄り道。それでもアルトは頷いた。

「寄ろう。今日の“手”を増やすために」

村に着くと、まだ若い獣人の夫婦が柵の柱を抱えていた。アマネは外套を脱ぎ、柱の片側を肩に乗せる。アルトは釘を打つ位置を測り、手際よく補強してゆく。

「王子さまなのに、手を汚して……」

「城も柵も、同じ“暮らし”の一部です。大切にしましょう」

仕上げの釘を打ち終え、手を握る。ぎこちない掌は冷たく、けれど力があった。握手の輪の外で、子どもが小さく跳ねる。

「ありがと、アマネお姉ちゃん!」

「こちらこそ。君がこの村の“見張り番”ね。頼りにしてる」

道を戻る途中、風が橋を渡った。古い木橋はきしみ、真ん中に小さな欠け目がある。アマネは足を止め、欠けた木口に手を当てた。

(――封印地を、橋に)

胸の内でゆっくり反芻する。

壊れた橋をただ渡すためではなく、人と人を、国と国を、昔とこれからを結ぶための橋。自分たちの国が──**誰かの“渡る一歩目”**であれ、と。

◇(回想:王城、玉座の間)

アルフォンスは玉座から降りてきた。王ではなく、父の歩幅で。

「アルト」

「はい、父上」

言葉の前に、抱擁があった。短く、強い。

「封印地を橋に──いい。“王冠”より先に、人の手を取れ。お前の背を押す風は、私がつくる」

「ありがとうございます」

「アマネ、頼んだ。あいつは真っすぐすぎて、時々まぶしい」

アマネは笑って頷いた。「まぶしいの、いいじゃないですか。道しるべになります」

その隣で、エリシアが外套を広げる。柔らかな手が、旅仕度の襟を直した。

「寒さは敵。食べること、眠ること、笑うことを怠らないように」

「はい、王妃殿下」

「ここでは“エリシア”でいいの。……あなたたちは帰ってくる場所を、いちばんよく知っているもの」

◇(回想:王都迎賓館・静室)

フローラは小さなテーブルに花を活けていた。白い小花。

「お二人にね、伝えたかったの。──“神樹は、結ばれた手をよく覚える”って」

「結ばれた、手……」アマネが手元の指を見つめる。

「ええ。あなたたちが握った手のぶんだけ、新しい芽は強くなる。だから、たくさんの手を取りなさい。王も民も、亜人も。ぜんぶ、あなた方の国の“家族”にしてしまえばいいのよ」

その言葉を、アルトは何度も頷きながら飲み込んだ。

「女王陛下。必ず、橋にします。人が渡り、根が伸びる橋に」

現に戻れば、昼の光は高かった。

街道の曲がりで、行商人とすれ違う。立ち止まって安堵の報せを互いに交わし、握手をひとつ。峠の手前で石工たちが休む輪に混じり、パンをちぎって分け合い、「明日、ここの勾配を少し緩く」と言葉を結ぶ。

言葉は図面にはならない。しかし、顔と顔を合わせた者どうしの仕事の速度は、それだけでひとつ上がる。

やがて、封印地の外縁へ。

荒れ地の風の匂いは、かつてより柔らいでいた。遠くに張られた白い幕屋、仮設の井戸、焚き火の煙。見慣れない土地が、すこしずつ“暮らし”の色を帯びている。

案内の少年が走ってきた。

「王子さま、アマネさま! 昨日の杭、抜けてません!」

「よく見ていてくれたね。君が最初の“監督官”だ」

杭の列を見回し、アルトは帽子を軽く上げた。目は嬉しさを隠せない。

アマネは風上へ立ち、見えない境の先──荒れた丘の向こうへ目を細める。

(ここに、光が通う道を)

彼女の右手に、ふっと掌の感触が重なる。アルトがそっと握った。

「橋にしよう。戻る道じゃなく、進む道として」

「うん。たくさんの“ただいま”と“いってきます”が交差する道に」

指を離す前に、二人は小さく笑いあった。笑いの余韻に、遠い王都の政務室の灯が重なる。きっと今も、彼らは同じように忙しく、同じように笑って働いている。

◇(王都・政務室)

最後の書面に署名し、封蝋を落とす。

レオンが息をつき、エリスティアが茶器に湯を注いだ。

「ひと息、どうぞ」

「ありがたい。……ねえ、エリスティア」

「はい」

「君が差し出した“橋の言葉”、私も結び目を増やすよ。王としての言葉で。だから──」

レオンは一拍置き、掌を差し出した。

エリスティアは微笑み、そっと重ねる。

「はい。私も、森の言葉で、結び目を増やします」

掌が離れる時、二人の視線は同じ地平を見ていた。

封印地、そしてその先に立つ「リュミエール」という名の灯。

そこへ通う橋は、もう確かに、かかり始めている。

──会い、手を握り、言葉で結ぶ。

たったそれだけのことが、国の骨になる。

その夜、四人は別々の寝床で、同じ夢の端を見た。

明日、最初の杭を打つ音が、きっと朝の空気を少し震わせる。

それは合図──建国前夜の、静かな合図だった。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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