ギルドルナリア本局、はじまる
ソレイユ王都の一角——ルナリア王家の臨時宮は、白い布で補修された旗を春風になびかせていた。
応接間では、フローラ女王が文書に目を通している。傍らに控えるのは、エリスティア。
扉の前で軽く息を整え、ミナとジークが入室した。
「ルナリア女王陛下。お時間、頂戴します」ミナが一礼する。
「うむ。——顔つきが“働きに来た人”だね」フローラが柔らかく微笑む。
エリスティアも目で励ました。「お二人ならできるわ。どうか率直に」
ミナは胸の前で指を組み、いつもの勢いに少しだけ“公的な言葉”を混ぜた。
「冒険者ギルドのルナリア本局を、こちらに常設したいです。
目的は三つ。復興支援、国境防衛の連絡網、そして“共生の仕事”の仲介。
難しい言葉を抜けば——“困ったときに最初に開いている窓口”をつくります」
ジークが続ける。「人手はこっちで集め、育てる。地の利を知る連中を前に出して、俺たちは土台を支える。
ソレイユ本部、リュミエール支局とも常時の直通線を敷く。緊急時は三国同時招集ができるようにする」
フローラは指先で肘掛けを軽く叩きながら、静かに問う。
「公平性はどう守る? ルナリアの民、ソレイユからの避難民、亜人……窓口は混ざる。困っている度合いも、事情も違う」
ミナはうなずく。「順番は“急ぎの深さ”と“現場の近さ”で決める仕組みにします。
誰が来ても、まず“聞く”。ここから崩さなければ、次の段取りはぶれません。
——わたしたち、話を遮らないルールでやってきましたから」
エリスティアが目を細めた。「“庵”の三つの約束ね」
ジークは短く笑う。「それともう一つ。顔の見える会計にする。入るもの、出すもの、全部壁に張る。読むのが苦手な連中には俺が説明する」
「ふふ……頼もしいね」フローラがフッと息を和らげる。「場所はどう考える?」
ミナは地図を広げた。
「港からの復興物資の集積所と、市場の北側の広場に近い地点。
——“人が勝手に集まって来ちゃう”導線を選びたい。閉じた建物より、広縁と軒がほしい。
書類は中、相談は軒下で。雨の日は**庇**が味方です」
「よく見ている」フローラは地図上の小さな赤丸に視線を落とした。「……この旧交易会館を貸与しよう。
王家の名の下、ギルド・ルナリア本局としての使用を許す。治安の補佐は王国警邏隊が担う」
「感謝します、陛下」ジークが頭を下げる。
ミナは胸を押さえて深呼吸し、ぱっと顔を上げた。「任せてください。**“最初の灯”**を必ず点けます」
エリスティアがそっと一歩進み、フローラに目で合図を送る。
「——もうひとつ、私から。神樹の姫として、共生の手引きを置かせてください。
神樹の芽は“人の往来がやわらぐ場所”を好む。ギルド本局が“立ち止まれる場”なら、きっと森も街も呼吸が合う」
女王は頷いた。「わたしたちは神樹を公に守ると宣言した。言葉を形にもしていこう。
ギルド本局の庭に小さな**“苗床”**を作るといい。子どもが触れられる高さに」
ミナの目がきらりと光る。「やる! 触れる前に“聞く”こと、書いておきます。**“今日は元気ですか?”**って」
ジークが肩を竦めた。「お前、ほんとに抜け目ないな」
「当然だよ、ジークに褒められたいもん」
「……はいはい、働け」
フローラが微笑みを含ませ、声を柔らげる。
「命じます。ギルド・ルナリア本局、ただちに開設せよ。
必要な什器は王家が貸与する。食器と寝具は民から募る。“差し入れは循環へ”——あなた方の言葉でね」
「承ります」二人の声が重なった。
◇
臨時宮を辞した二人は、その足で旧交易会館へ。
剥き出しの梁、埃っぽい床、壊れかけの帳場。
「……最高」ミナが即答する。
「どこがだ」ジークが苦笑する。
「梁が生きてる。窓が“外を見ろ”って言ってる。いい場に育つ建物だよ」
扉を開け放つと、港風が大量の埃を連れ出していった。
ジークは上着を脱ぎ、腕を捲る。「さ、動くぞ。本局開きは三日後。間に合わせる」
「うん! まずは軒下の相談席。それから掲示板と子ども机。
——あと、**“最初の鐘”**を屋根に付けたい。鳴ったら“おいで”の合図」
その時だ。通りの向こうから、見慣れた若者たちが手を振って走ってくる。
ロイク、ユウマ、レナ、ミオ——ギルドの若手四人。
「ミナさん! ジークさん!」
「聞いたよ、本局!」
「運ぶのある? あるよね!?」
「大枠、段取りください!」
ミナが両手をぱんと叩く。「よく来た! じゃあ——“最初の灯”の儀からやろっか」
「儀?」四人が首をかしげる。
ミナは笑って床の中央を指した。「ここに椅子を一脚置く。これで“始まる”。
最初の椅子があれば、人は“座って話していい”ってわかるから」
ジークが木椅子を担いで来る。若者たちが囲んで磨き、床の中央に置いた。
埃っぽい広間に、ぽつんと椅子が一脚。
誰かが照れ笑いし、誰かが息を呑む。
——たったそれだけで、空気が少し変わった。
ユウマが帽子を脱いで頭を掻く。「なんか……この椅子、強いですね」
「うん」ミナが頷く。「座っていいよって言うの、街の一番の強さだから」
レナが帳場の台に布をかけ、レイアウトを描き始める。
ロイクは窓を外して蝶番を磨き、ミオは外で子ども机の木取りを始めた。
ジークは梁に上がって釘の緩みを打ち直し、ミナは軒の高さを“子の背”で測る。
夕陽が差し込み、床の埃が金色に舞う。
ミナがふと立ち止まり、窓の外へ手を振った。
——通りを行く老人が、笑って会釈を返す。
「始まったね」
「ああ、本局だ」
◇
日暮れ頃、エリスティアがひょっこり顔を出した。
手には小さな鉢植え——**神樹の芽の縁**を分けたもの。
「約束の苗床。今夜は屋内に。明日の朝、軒下へ」
ミナが慎重に受け取り、笑う。「**“ここに座ってもいいよ”**の隣に置くね」
エリスティアが優しく頷く。「その言葉は、森に通じる。きっと大丈夫」
ジークが梁の上から声を落とす。「おい、姫さん。鐘も付ける。明日、よかったら最初の一撞き、頼む」
「——光栄です」
三人の笑い声が、まだ何もない広間に澄んで響いた。
◇
夜。
扉の内側に、手書きの紙が一枚だけ貼られた。
ギルド・ルナリア本局
いつでもどうぞ。
まずは、座って話しましょう。
その簡素な言葉は、明日の朝いちばんに通りを歩く誰かの背中を、きっと軽くする。
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