表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

463/471

灯を持って来ました—大聖堂にて

ソレイユ王都の大聖堂は、戦の跡を抱えたまま静かに息をしていた。

焼けた梁は磨かれ、ひびの入った彩色ガラスには補修の鉛が走る。祈りの椅子には新しい木の香り。

入口の聖水盤に手を添えたカイルは、しばし目を伏せてから小さく十字を切った。

隣でリュシアが笑む。「緊張してる?」

「うん。少しだけ。でも、怖くはないよ」

「じゃあ、行きましょう。——灯を、持ってきたのだから」

ふたりは身を正し、内陣へ続く廊へ。

迎えに出た修道女に案内され、半円形の会議室へ通される。石壁には古い聖画。長卓の向こうに、白髭の大司教と数名の司祭・修道長。彼らもまた、戦いを生き延びた人々の顔だった。

「ようこそ、聖女殿下、そして——カイル。あなたの働きは耳に届いています」

大司教の声は掠れながらも柔らかい。

椅子を勧められ、カイルは深く頭を下げた。

「本日は、お願いに来ました。

王都と、これから生まれる街……荒廃地に開く“集いの場”で、施療と学びを続けたい。

それをこの教会のもとで行わせてください」

「“もとで”?」と、若い司祭が繰り返す。「新しい教えを立てるのではなく?」

カイルは即座に首を振った。

「いえ。分けません。奪いません。

——私たちがやりたいのは、灯を分け合うことだけです」

リュシアが言葉を継ぐ。

「“庵”という場所を作っています。名札は小さく、扉は広く。

誰でも来られること。

受けた助けは次の誰かへ回すこと。

誰かの話を遮らないこと。

たった三つの約束で、心が折れる前に腰掛けられる椅子を用意したいのです」

年嵩の修道長が、目尻の皺を深くした。「それは……祈りに似ているね」

大司教は卓に組んだ手を緩め、静かに息を吐いた。

「私たちは、教えが道具にされる怖さを見てきた。

だからこそ——名のためでなく、人のために行うと、あなた方が言うならば、耳を傾ける価値がある」

若い司祭がためらいがちに口を開く。

「ですが、秩序は要ります。施療や教育を行うなら、責任の所在を明らかにする必要がある。

あなたが“司祭”として任に当たるのか、あるいは“信徒の奉仕団”として並び立つのか……」

カイルは迷わず答えた。

「与えられる呼び名のもとで仕えます。求めたいのは権威ではなく、祝福の連帯です」

沈黙。ステンドグラスの青が床に揺れる。

リュシアが立ち上がり、卓の端に歩み出た。

「——少しだけ、祈ってもいいですか?」

席の一同が頷く。彼女は杖を持たず、両の掌を胸の前で重ねた。

「祈り

見えない痛みを、言葉にできますように。

言葉にならない痛みには、ただ隣で座れますように。

差し出された手が、誰かの顔を照らしますように。

そして——**『私が特別なら、あなたも特別』**と、

互いに思い出せますように」

祈りが終わる。部屋の空気が、ほんの少しだけ軽くなった。

沈黙を破ったのは、古参の司祭だった。

「……わたしは賛成だ。回復のための言葉を、教会は持ち続けたい」

若い司祭も続く。「条件を。会計は開かれた形で。政治から距離を置くこと。

教理に関わる講話は事前に共有してくれますね?」

「もちろんです」とカイル。「それは信頼の作法だと思っています」

大司教が頷いた。

「では——まずはここ王都から始めよう。

**“ルーメナス施療院”**の名を与える。学びと施療の場として、教会の庇護下に置く。

荒廃地の拠点にも同名の舎を設け、当面は“試み”として一年。

おまえを“旅務司祭”として任じ、現地の奉仕者(信徒)と共に運営せよ」

カイルは立ち上がり、胸に手を当てた。

「ありがとうございます。お預かりする灯を、消さぬように」

リュシアが横で微笑む。「ね、言ったでしょう。灯を持ってきたって」

会議が解ける頃、修道女が湯気の立つ茶を運んでくれた。

器を受け取りながら、カイルは思う。——ここからが始まりだ、と。

大聖堂の回廊を抜けると、昼の陽が石畳を白く照らしていた。

アマネとアルト、エリスティア、ミナ、ジークが待っている。

エリスティアが一歩前へ。「どうでした?」

「一緒にやれるって」とリュシア。

アマネがぱっと笑う。「よかった! ね、アルト!」

アルトも頷く。「うん。居場所は最初からあった。あとは名前をつけて、手を動かすだけだ」

ミナが腕を組んで得意げに言う。「じゃ、私は机と棚を量産だね! 問診の小物入れに、子ども用のお絵描き板も!」

ジークが笑って肩をすくめる。「力仕事は任せろ。石積みも板も運ぶ」

エリスティアは安堵の息を吐き、空を見上げた。

「——ありがとう、皆さん。神樹の芽も、きっと喜びます」

風が一筋、彼女の髪を撫でた。聞き慣れた囁きが胸の奥で優しく鳴る。

(ここは、人が住める——そう言ってくれている)

「カイル」とアマネが向き直る。「あの祈り、すごく好きだよ」

カイルは照れくさそうに笑った。「うん。ぼくも、あれに助けられてる」

「じゃあ決まりだ」とアルトが手を叩く。「王都にも、荒廃地にも、座れる椅子と聞いてくれる人を増やしていこう」

その夕刻、王都の古い街区に“ルーメナス施療院”の小さな札が掲げられた。

扉は重くない。鐘は大きくない。けれど、そこをくぐる人の歩幅は少しだけ軽かった。

同じ頃——

ギルド本部の仮事務所で、ダリオが図面を広げる。

「三つの街を一本の線で結ぶ。物資と人の往来、全部“人の顔”でやる。——それが俺たちのやり方だ」

「うん、わかった!」とロイク。

「やってやろう!」とユウマ。

「任せて!」レナとミオも続く。

扉が開き、アマネたちがひょっこり顔を出した。

「ただいま。——灯、分けてもらえたよ」

ダリオが親指を立てる。「上等」

誰かが笑い、誰かが頷く。

戦の終わりと、暮らしの始まりが、同じ場に並んで座っていた。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ