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承認の朝—記憶の玉座

夜が白みはじめる。

まだ仮杭と縄だけの広場で、アマネは湯気の立つ木椀を手に、隣に座ったアルトを横目で見た。

「……ねぇ、あの時はびっくりしたよ」

「うん?」

「王城で“封印地に国をつくりたい”って、急に言うんだもん。ちゃんと心臓、止まるかと思った」

アルトは照れくさそうに笑って、肩をすくめた。

「急に見えたのは、きっと僕の言い方のせいだね。考えてたのは、ずっと前からだよ」

「知ってる。……でも、あの場の空気、いま思い出しても手が震える」

アマネは木椀を膝に置き、目を細めた。

朝の気配とともに、記憶の扉が音もなく開く――。

王城・謁見の間。

戦勝の喧噪がようやく遠のき、三日の喪が明ける前夜。

夜が明けきる前、まだ城の石が冷たい刻。謁見の間の高窓から、淡い光が差しこんでいた。

ソレイユ王アルフォンス陛下が玉座に、エリシア王妃がその傍らに。正面左にはルナリアのフローラ女王。床に映る光は薄く、空気は静かだ。

先頭で歩み出たのはアルトだった。半歩下がってアマネが並び、左右にはレオンとエリスティア、さらに後列にリュシア、カイル、ジーク、ミナが続く。

アルトはまっすぐに片膝をつくと、頭を垂れた。

「陛下。封印地を、人が暮らせる土地に生まれ変わらせたい。……新たな国を興すことをお許しください」

息を呑む気配が、ごく小さく広がった。エリシアが一瞬だけ目を見開き、すぐ柔らかな笑みへ戻す。アルフォンスは息子を見つめ、ゆっくりと言葉を探した。

「――理由を、聞こう」

アルトは隠さず答える。

「二人の王太子という在り方は、いつか誰かの不幸を生むかもしれません。だから私はソレイユの継承権を辞し、誰のものでもない荒野に“人の居場所”を作りたい。亜人も人も、働けば暮らせる国を……ソレイユとルナリアの橋となる場所を、封印地に」

フローラの表情に、静かな明かりが灯る。

「難民はまだ多い。故国を失った者たちに選べる居場所を――ルナリアは賛同いたします」

エリシアがアルトをまっすぐ見た。

「ソレイユも支援を惜しまないわ。ただ……アルト、あなたは何になるの?」

「はじまりの責任者に。名は――」アルトはほんの瞬きだけアマネを見やり、「後日、正式に奏上します」

レオンが一歩進み、父へ視線を上げる。

「父上。封印地の再生は国境の安定にも直結します。交易路の再編、治安、初期インフラ整備――私が責任者として担います。どうか王命を」

アルフォンスは小さく息を吐き、肩の力を解いた。

「よかろう」

王は立ち、段を降りると、直接アルトの前に歩み寄る。

「王太子アルト。その継承権の辞任、しかと受理する。そして封印地における新国家構想、ここに認めよう」

玉座の間に、ほっと和らぐ気配が走る。ジークが小さく笑い、ミナが拳を握る。カイルは胸に手を置き、リュシアが静かに微笑んだ。アマネは目を潤ませ、アルトの横顔を見つめる。

そこへ、一歩進み出た影があった。神樹の姫エリスティアだ。

彼女は深く一礼し、王たちの前にまっすぐ立つ。

「陛下方。……お願いがございます」

アルフォンスが頷く。「申せ」

「封印地に――神樹の“芽”をお預けしたいのです。あの荒野は、かつて世界の傷が集まった地。だからこそ、癒しの根を降ろすにふさわしい。私、エリスティアが神樹の姫として責任を負い、森と人の均衡を守ります」

静まり返る間。フローラが、とても穏やかに口元をほころばせた。

「……あなたがそう望むのなら、ルナリアは全力で支えるわ。エリスティア」

エリシアも微笑む。「ソレイユも異論はない。『守るために育てる』――それが一番、好きよ」

レオンは短く息を吸い、真剣な頷きを返す。

「神樹は、国境よりも長く続く“約束”になる。姫――どうか、その約束を導いてほしい」

エリスティアは小さく息を整え、胸に手を当てた。

「はい。……人が森を搾らず、森が人を拒まず、互いの生を少しずつ分け合う。そんな『普通』を、ここから」

アマネの胸が熱くなる。横でアルトが微笑み、囁く。

「僕たちの“帰る場所”が、やっと始まる」

リュシアが静かに杖を傾ける。「日常を築く力なら、いくらでもお貸しできます」

カイルは軽く目を伏せた。「祈りは、暮らしの中に」

ミナが手を挙げる。「安全設計は任せて! 誰も無茶しないで済む街にするから!」

ジークが肩で笑う。「運ぶのと守るのは俺がやる」

アルフォンスは皆の顔を順に眺め、静かに宣した。

「ならばソレイユ王国とルナリア王国はここに、封印地再生の共同を誓う。まずは復興共同事業として走らせ、法と秩序、道と水、糧と学びを整えよ。建国式は後日、その名とともに改めて」

「謹んで」アルトが深く頭を垂れる。アマネも続き、仲間たちが揃って礼を取った。

その礼の列の前で、エリスティアがそっと両手を合わせる。掌の間に、針の先ほど小さな若芽の光が灯る。玉座の間の空気が、ほんの少しだけやわらいだ。

「――ここから、育てましょう。私たちの手で」

誰かの喉が鳴るほどの小さな音。けれど、それは確かに希望の音だった。

玉座の背後の高窓に朝陽が差し、長い影がほどけてゆく。新しい一日の始まりのように、まだ名のない“国”の朝が、ここでゆっくりと息をし始めた。

記憶の扉が閉じ、朝の匂いが戻ってくる。

アマネは木椀を飲み干し、肩を並べるアルトの腕に額をことんと当てた。

「……やっぱり、あの瞬間のアルト、好きだ」

「どの瞬間?」

「怖いのに、一歩出た瞬間。ね」

アルトは照れた顔で、でも真面目に頷いた。

「怖いまま、進むよ。ずっと」

小さな風が、まだ名のない都の空を渡る。

遠くで杭を打つ音、縄が張られる音、笑い声。

アマネは立ち上がり、手を叩いた。

「じゃ、**承認までの“中身”**作り、始めよっか!」

「はいはい、現場監督さま!」とミナが駆け寄る。図面がぱらりとめくれ、リュシアが微笑む。

エリスティアは若枝の器を抱え、黎明の光に細い葉を透かした。

レオンは馬具を確かめ、北の街道に目を細める。

ジークとカイルは資材の山を肩で担ぎ直し、同時に「行くか」と声を揃えた。

“国”はまだ名前を持たない。けれど、承認に足る日常は、もう始まっている。

その事実だけを胸に、彼らは今日の一歩を踏み出した。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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