朝の広場、王の言葉
鐘が三度、ゆっくり鳴った。
城前広場に集まった人々のざわめきが波のように引き、朝の光がひとつの舞台を照らす。白い布で飾られた壇上には、アルフォンス王とエリシア王妃、ルナリアのフローラ女王が並び、少し後ろに八人が肩を並べて立っていた。
パン屋のかごからは焼きたての香りがする。兵の手にはまだ包帯が残り、子どもは父の肩車の上で目を見張っていた。誰もが息を呑む。ここに来るまで、どれほどの夜を越えてきたのか、それぞれの胸が知っている。
王が一歩、前へ出る。
風が衣の裾を揺らし、声が広場のすみずみに届く。
「ソレイユの民よ。おはよう。――そして、ただいま」
最初の言葉に、控えめな笑いが起きた。緊張がわずかにほどけ、肩に入っていた力が抜ける。
「長い夜だった。恐ろしい報せが重なり、火の手が上がり、祈りながら眠った夜もあったろう。けれど今朝、私は皆に言える。
魔王は、いない。大きな脅威は去った。君たちは、よく耐えた」
静かな拍手が広がる。叫びたい気持ちを飲み込み、涙を指先で拭う人がいる。声を上げたら、胸の何かがほどけてしまいそうで。
王は続ける。言葉を選びながら、ひとつずつ置いていくように。
「去ったといっても、何もかもがすぐに元通りにはならない。壊れた家がある。傷ついた心がある。戻らない人もいる。
それでも――私たちはもう夜明けを知っている。光の当て方も、火の消し方も、ひとりで抱え込まない方法も」
王妃が小さく頷き、フローラが目を伏せて祈る。広場のあちこちで、誰かが「うん」と応えるように息を吐いた。
「私は王として約束する。国は、君たちの暮らしを支える。道を直し、水を通し、畑を耕し直す。そのための人手も糧も、惜しまない。
お願いがひとつある。どうか、隣の人に手を伸ばしてほしい。見知らぬ人の荷物を半分持ち、弱った心に椅子を勧め、明日の天気の話をしてほしい。
それが国を立て直す最初の柱だ」
拍手が今度は大きくなる。
最前列、包帯の兵が涙をこぼして笑い、肩車の子が両手を高く上げた。
王は一瞬だけ後ろを振り返り、八人を見る。勇者と聖女は互いに小さく頷き、王子たちは背筋を伸ばし、仲間たちはまっすぐ前を見ている。
王は彼らの名を呼ばない。ただ、言う。
「この国には、よく戦う者がいた。剣を振るう者、祈りを捧げる者、道具を作る者、ただただ人のそばに立ち続けた者。
そして――広場にいる君たちひとりひとりも、そのひとりだ。
誰かが特別なら、君も特別だ。今日からも、その手で国を支えてくれ」
アマネが胸の内で小さく笑い、リュシアが視線を落として微笑む。言葉が、どこかで自分たちの合言葉と重なっていることを、広場の空気が感じ取る。
王は手を広げ、結びの言葉を置いた。
「本日より三日、城門は開き、広場は皆のための場所とする。亡くなった者を偲び、残った者が語り合い、明日に向けて歩き出すための時だ。
灯りを消さず、音楽を途切れさせず、互いの名前を呼び合おう。
ソレイユは生きている。――さあ、顔を上げよう」
沈黙のあと、拍手が奔流になった。
手と手の音が重なり、足元の石が震えるほどの歓喜に変わっていく。誰かが「ありがとう、陛下!」と叫び、別の誰かが「帰ってきた!」と応える。
壇上で、王妃がアマネの手をそっと握る。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
フローラはエリスティアの肩に触れ、耳もとで囁く。
「ここで、生きていきましょう」
彼女は小さく「はい」と答えた。胸の鼓動が落ち着いていく。人々の顔が、はっきりと見えてくる。
広場の端で、ミナが両手を口に当ててわーっと声を上げ、ジークが照れくさそうに笑う。
カイルは周りの人に短い祝詞を分け、アルトは子どもの目線までしゃがみ込んで話しかける。
レオンは兵たちの列を回り、一人ひとりの肩に手を置いて言葉をかけた。
空は高く、風はやさしい。
長い夜が確かに終わり、朝が、国全体にゆっくりとしみ渡っていく。
――脅威は去った。
けれど、物語は終わらない。生きていく物語が、今日からまた始まる。
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