王城の報せ、姫と八つの願い
黎明を受けた王都の城壁は、昨夜の星の余韻をまだ身に纏っていた。
戦の煤は洗い流され、朝靄の向こうで城門が静かに開く。ひと筋の凱旋路――その先に、八人は肩を並べた。
「ただいま、ソレイユ」
アマネが小さく呟き、リュシアが隣で目を細める。
「帰ったわね。……さあ、報せましょう」
道の左右には、早起きの人々が集まっていた。大きく手を振る者、胸の前で祈る者、泣き笑いで名を呼ぶ子どもたち。
レオンは馬上から静かに手を上げ、アルトは歩を緩めて一人ひとりに目を合わせる。
ジークが不器用に親指を立てれば、ミナが「任務完了!」と冗談めかし、カイルは小声の祝詞で人々の安全を願った。
エリスティアは風の向きを確かめ、城へ抜ける直線――最短の帰還路を選ぶ。
王城の大扉が開く。玉座の間へ至る回廊の要所要所には、修復の標が打たれている。どの標にも、見慣れた手の運び――王都の職人たちの息遣いがあった。
◆
玉座の間。
アルフォンス王が一歩前に出る。その隣にエリシア王妃。ルナリアのフローラ女王も、朝の光を衣に宿していた。
後列には、庵の二人――ルシアンとアサヒ。さらに、仲間の親たちが揃う。厳めしい父の視線、目尻の下がった母の微笑、胸に手を当てたまま涙ぐむ者もいる。
「よくぞ、戻った」
アルフォンス王の声は、澄んで力強い。
「魔王は討たれ、民は救われた。今ここに、その働きを讃えよう」
控えめな歓声。けれど重く温かい拍手が、石造りの広間に満ちる。
エリシアが一歩進み、アマネとリュシアの手を取った。
「よく耐え、よく戻ったわ。あなたたちが“帰って来た”――それが国の光になる」
フローラはエリスティアの肩を抱き寄せる。
「無事で……本当に、よかった」
レオンが膝をつき、槍を伏せて第一声を王に捧げた。
「陛下。詳細は報告書にまとめますが、結論として――魔王アトラ・ザルクは討滅。四天王の残滓も散じ、脅威は去りました」
アルトも続ける。
「王都の防衛線は維持。市井の被害は最小で済みました。民は立ち上がる準備を整えています」
王は深く頷くと、さりげなく視線をエリスティアへ滑らせた。
彼女は胸に手を置き、静かに一礼する。
「陛下――お諮りしたい件がございます。世界樹の守り人より託された“神樹の芽”について、そして……わたくしのことを」
玉座間の空気がひと拍、張りつめる。
フローラとエリシアが互いに目を合わせ、王へ一歩寄る。
「アルフォンス陛下。私たちは既に知っています。けれど、国として、ここからどう守るかを決めなくては」エリシア。
「神樹の“姫”は、国の象徴や政の道具ではない。世界の呼吸を守るひと。公にすると決めるなら、その意味を皆で理解し合わねばなりません」フローラ。
沈黙を破ったのは、アサヒの穏やかな声だった。
「秘すのは恐れから、明かすのは誇りから――でも、いちばん大切なのは“守るために選ぶ”こと。悪意の眼差しから遠ざけ、善意の手の届く場所に置く。それが肝要です」
ルシアンが短く付け加える。
「名を掲げる日は、守りの輪が整ってからでいい。人としての約束を先に結ぼう」
エリスティアは一歩前に出た。
「私は逃げません。けれど、祭壇に縛られる『姫』でもいたくない。戦いが終わった今だからこそ、国と共に生きるひとりの者として名乗りたい。――それが民を励ますなら、喜んで」
その言葉に、アマネが頷く。
「隠すためじゃなく、護るために選ぼう。私たちも、ここにいる皆も、一緒に」
リュシアが続ける。
「公表の“形”は慎重に。祝祭と祈りで包むのがいいわ。恐れや噂ではなく、希望の物語として語られるように」
アルフォンス王が玉座を降り、エリスティアの正面に立った。
「エリスティア。ソレイユは、君を人として迎え、国として護る。王国とルナリア、そして庵――この三つの楔で君を支えると約す」
フローラが微笑む。
「人の手と、精霊の手で。私も“母”として側にいましょう」
決まった。
“今夜、王族・親族・重臣に先行して正式に共有。明日、広場で神樹の姫を国と世界に示す”――筋が引かれる。
◆
空気がふっと和らいだ、その時。
レオンが一歩進み出た。視線を王と王妃、そして各家の親たちに巡らせ、最後にエリスティアを見る。
「陛下。もう一つ、願いがあります。――彼女と、生涯を共にしたい」
アマネが横目でアルトを見やり、リュシアは息を呑み、ミナが「来たっ」と小声で拳を握る。
エリスティアは頬を染めながら、それでもまっすぐに顔を上げた。
「……私も、レオンをお慕いしています。務めを捨てず、あなたを支えたい。姫である前に、人として」
フローラは目元を拭い、エリシアは笑みを含ませて王へ視線で促す。
アルフォンス王は深く頷き、言葉を重ねた。
「王家は受け入れる。――幸あれ」
その流れに、アルトが半歩前へ。
「陛下。私も……アマネと共に歩みたい。隣に立つと誓った日から、ずっと」
アマネは少し照れて笑い、けれど声は澄んでいた。
「私も。帰る場所を、あなたと作っていく。――どうか、許しを」
王は「うむ」と短く、しかし温かく頷き、ルシアンとアサヒが視線で“おかえり”を伝える。
リュシアとカイルも続く。
「私たちも……」
「共に頁を綴りたい。彼女が迷う時の栞でありたい」
エリシアが嬉しそうに笑う。
「ええ、二人は最初からそうでしたもの」
最後に、ミナが勢いよく手を挙げ、ジークに肘で合図。
「はいっ! 私たち、現場婚です!(※比喩) どんな戦場でも最後に振り向けば、絶対お互いがいる――それで、充分です!」
「お、おう……! ――だから、許して、やってください」
広間に笑いが走り、重たさは喜びへと解けていく。
各家の親たちが順に前へ出て、短い言葉で子らの手を握る。
叱咤も、感謝も、涙も、それぞれに。
アルフォンス王が締めくくった。
「八つの願い、王はこれを承認する。――明日、民の前で改めて宣明しよう。
ただし、忘れるな。大いなる名も、小さな暮らしも、どれも同じ重さだ。互いに支え合い、人としての心を捨てるな」
アマネが一歩進み、皆へ向き直る。
「はい。――“私が特別なら、あなたも特別”。その心で、これからも」
広間の空気が、ゆっくりと明るむ。扉の向こう、王都の朝がひときわ白く輝いた。
◆
評議は続き、儀礼の段取りが固められる。
神樹の姫の公開――祝詞と音楽、花と旗。民の安全のための結界配置。
そして八人の婚約宣明――順番、誓いの言葉、指輪の受け渡し、祝砲の合図。
最後に、フローラが皆を見渡した。
「明日は、守ると誓う日。戦は終わっても、誓いは日々更新される――そういう式にしましょう」
エリシアが微笑み、王が頷く。
レオンとエリスティア、アルトとアマネ、カイルとリュシア、ジークとミナ――四組は互いに目を合わせ、小さく頷き合った。
扉が開く。
外には、祝う準備に動き始めた街の音。
新しい日常が、静かに動き出していた。
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