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王城の報せ、姫と八つの願い

黎明を受けた王都の城壁は、昨夜の星の余韻をまだ身に纏っていた。

戦の煤は洗い流され、朝靄の向こうで城門が静かに開く。ひと筋の凱旋路――その先に、八人は肩を並べた。

「ただいま、ソレイユ」

アマネが小さく呟き、リュシアが隣で目を細める。

「帰ったわね。……さあ、報せましょう」

道の左右には、早起きの人々が集まっていた。大きく手を振る者、胸の前で祈る者、泣き笑いで名を呼ぶ子どもたち。

レオンは馬上から静かに手を上げ、アルトは歩を緩めて一人ひとりに目を合わせる。

ジークが不器用に親指を立てれば、ミナが「任務完了!」と冗談めかし、カイルは小声の祝詞で人々の安全を願った。

エリスティアは風の向きを確かめ、城へ抜ける直線――最短の帰還路を選ぶ。

王城の大扉が開く。玉座の間へ至る回廊の要所要所には、修復の標が打たれている。どの標にも、見慣れた手の運び――王都の職人たちの息遣いがあった。

玉座の間。

アルフォンス王が一歩前に出る。その隣にエリシア王妃。ルナリアのフローラ女王も、朝の光を衣に宿していた。

後列には、庵の二人――ルシアンとアサヒ。さらに、仲間の親たちが揃う。厳めしい父の視線、目尻の下がった母の微笑、胸に手を当てたまま涙ぐむ者もいる。

「よくぞ、戻った」

アルフォンス王の声は、澄んで力強い。

「魔王は討たれ、民は救われた。今ここに、その働きを讃えよう」

控えめな歓声。けれど重く温かい拍手が、石造りの広間に満ちる。

エリシアが一歩進み、アマネとリュシアの手を取った。

「よく耐え、よく戻ったわ。あなたたちが“帰って来た”――それが国の光になる」

フローラはエリスティアの肩を抱き寄せる。

「無事で……本当に、よかった」

レオンが膝をつき、槍を伏せて第一声を王に捧げた。

「陛下。詳細は報告書にまとめますが、結論として――魔王アトラ・ザルクは討滅。四天王の残滓も散じ、脅威は去りました」

アルトも続ける。

「王都の防衛線は維持。市井の被害は最小で済みました。民は立ち上がる準備を整えています」

王は深く頷くと、さりげなく視線をエリスティアへ滑らせた。

彼女は胸に手を置き、静かに一礼する。

「陛下――お諮りしたい件がございます。世界樹の守り人より託された“神樹の芽”について、そして……わたくしのことを」

玉座間の空気がひと拍、張りつめる。

フローラとエリシアが互いに目を合わせ、王へ一歩寄る。

「アルフォンス陛下。私たちは既に知っています。けれど、国として、ここからどう守るかを決めなくては」エリシア。

「神樹の“姫”は、国の象徴や政の道具ではない。世界の呼吸を守るひと。公にすると決めるなら、その意味を皆で理解し合わねばなりません」フローラ。

沈黙を破ったのは、アサヒの穏やかな声だった。

「秘すのは恐れから、明かすのは誇りから――でも、いちばん大切なのは“守るために選ぶ”こと。悪意の眼差しから遠ざけ、善意の手の届く場所に置く。それが肝要です」

ルシアンが短く付け加える。

「名を掲げる日は、守りの輪が整ってからでいい。人としての約束を先に結ぼう」

エリスティアは一歩前に出た。

「私は逃げません。けれど、祭壇に縛られる『姫』でもいたくない。戦いが終わった今だからこそ、国と共に生きるひとりの者として名乗りたい。――それが民を励ますなら、喜んで」

その言葉に、アマネが頷く。

「隠すためじゃなく、護るために選ぼう。私たちも、ここにいる皆も、一緒に」

リュシアが続ける。

「公表の“形”は慎重に。祝祭と祈りで包むのがいいわ。恐れや噂ではなく、希望の物語として語られるように」

アルフォンス王が玉座を降り、エリスティアの正面に立った。

「エリスティア。ソレイユは、君を人として迎え、国として護る。王国とルナリア、そして庵――この三つの楔で君を支えると約す」

フローラが微笑む。

「人の手と、精霊の手で。私も“母”として側にいましょう」

決まった。

“今夜、王族・親族・重臣に先行して正式に共有。明日、広場で神樹の姫を国と世界に示す”――筋が引かれる。

空気がふっと和らいだ、その時。

レオンが一歩進み出た。視線を王と王妃、そして各家の親たちに巡らせ、最後にエリスティアを見る。

「陛下。もう一つ、願いがあります。――彼女と、生涯を共にしたい」

アマネが横目でアルトを見やり、リュシアは息を呑み、ミナが「来たっ」と小声で拳を握る。

エリスティアは頬を染めながら、それでもまっすぐに顔を上げた。

「……私も、レオンをお慕いしています。務めを捨てず、あなたを支えたい。姫である前に、人として」

フローラは目元を拭い、エリシアは笑みを含ませて王へ視線で促す。

アルフォンス王は深く頷き、言葉を重ねた。

「王家は受け入れる。――幸あれ」

その流れに、アルトが半歩前へ。

「陛下。私も……アマネと共に歩みたい。隣に立つと誓った日から、ずっと」

アマネは少し照れて笑い、けれど声は澄んでいた。

「私も。帰る場所を、あなたと作っていく。――どうか、許しを」

王は「うむ」と短く、しかし温かく頷き、ルシアンとアサヒが視線で“おかえり”を伝える。

リュシアとカイルも続く。

「私たちも……」

「共に頁を綴りたい。彼女が迷う時の栞でありたい」

エリシアが嬉しそうに笑う。

「ええ、二人は最初からそうでしたもの」

最後に、ミナが勢いよく手を挙げ、ジークに肘で合図。

「はいっ! 私たち、現場婚です!(※比喩)  どんな戦場でも最後に振り向けば、絶対お互いがいる――それで、充分です!」

「お、おう……! ――だから、許して、やってください」

広間に笑いが走り、重たさは喜びへと解けていく。

各家の親たちが順に前へ出て、短い言葉で子らの手を握る。

叱咤も、感謝も、涙も、それぞれに。

アルフォンス王が締めくくった。

「八つの願い、王はこれを承認する。――明日、民の前で改めて宣明しよう。

ただし、忘れるな。大いなる名も、小さな暮らしも、どれも同じ重さだ。互いに支え合い、人としての心を捨てるな」

アマネが一歩進み、皆へ向き直る。

「はい。――“私が特別なら、あなたも特別”。その心で、これからも」

広間の空気が、ゆっくりと明るむ。扉の向こう、王都の朝がひときわ白く輝いた。

評議は続き、儀礼の段取りが固められる。

神樹の姫の公開――祝詞と音楽、花と旗。民の安全のための結界配置。

そして八人の婚約宣明――順番、誓いの言葉、指輪の受け渡し、祝砲の合図。

最後に、フローラが皆を見渡した。

「明日は、守ると誓う日。戦は終わっても、誓いは日々更新される――そういう式にしましょう」

エリシアが微笑み、王が頷く。

レオンとエリスティア、アルトとアマネ、カイルとリュシア、ジークとミナ――四組は互いに目を合わせ、小さく頷き合った。

扉が開く。

外には、祝う準備に動き始めた街の音。

新しい日常が、静かに動き出していた。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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