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真形・第一換装

――鳴動が、空気の芯を削った。

玉座圏の天蓋に走った細い亀裂から、黒い糸が雨のように垂れ落ちる。一本、二本――やがて数えることを拒む束へ。糸は床に触れる前に向きを変え、漂うように魔王へ吸い寄せられていった。

黒殻の巨影は、相変わらず多くを語らない。ただ、胸郭のどこかで低い鼓動が増幅器のように反響し、糸を迎え入れるたびに外殻の節目が“別の骨格”へと組み替わっていく。

「……始まったか」

レオンが槍を斜めに構え、水脈を呼ぶ。蒼が床下を奔り、玉座圏の“揺れ”を洗い落とすように循環する。すかさず、隣のアルトが盾剣を掲げ、大地の紋を踏み固めた。柱が四隅からせり上がり、揺るぎを殺す。

「王家双柱、固定」

アルトの低い宣言に、レオンが短く頷く。「流れは抑えた。保てる――!」

「ええ、今はね」

ミナがアルトの背中越しに一言だけ返し、指先で小さな円盤を弾いた。円盤はふわりと宙に浮かび、黒糸が集まる“目”をなぞるように周回する。軌道が定まった瞬間、ロゴスの淡い囁きが、彼女の意識に座標を描いた。

「……“窓”は四つ。縫える?」

「縫うわ」

エリスティアが弓を半ば伏せ、その弦に見えない糸を掛けた。薄緑の光が弓弦から溢れ、裂け目の縁へ走る。彼女の指が空を縫い取り、ほころびに細かな縫い目を刻むたび、黒糸の吸い込みが一拍ぶんだけ鈍った。

「よくやった。ジーク、楔を」

「任せろ!」

ジークが轟斧を肩から落とし、炎を纏わせて振り下ろす。斧は柱脚の隙間に“火杭”のように刺さり、揺さぶりの道を焼き潰した。カイルがすぐさま祈りを乗せる。風が火を暴れさせないよう包み、氷が熱を締めて安定させる。

「半拍遅れの祈り……今は、それで十分だ」

カイルの囁きが、皆の鼓動を一つに整えていく。

黒糸は細い。だが、数が理を凌駕する。肩口に、胸骨に、脊を走る節に――魔王の外殻は淡くひび割れ、ひびの下で“別の装甲”が芽吹いた。角の根元が伸び、背へ沿う棘が増える。第一換装。

アマネは踏み込みを止め、斜めに刃を伏せた。目に映るのは敵の変化ではない。空間の縫い目――右腕・左腕を倒したときに感じた“世界の継ぎ目”が、黒糸の出入り口のすぐそばに淡く浮いている。

(ここ……縫える)

継星刀アストレイドの背に金の弧、刃先に銀の弧。星の二色を重ね、アマネは薄く走る継ぎ目を一本の線でなぞった。縫い目が光り、黒糸の一本が“方向を見失う”。わずかだが、吸収が遅れる。

「いい拍子だよ、アマネ」

リュシアの声が、念話の糸を通って届く。彼女は玉座圏の外縁、領域圧に対抗する聖陣の第二層を編みながら、魔王の呼吸の裏返りを数えていた。

「反転の拍子、あと二段重ねる。皆――息を揃えて」

「了解!」

王家双柱の水と地が、祈りのリズムに同調する。ミナの観測弾が**“目”の回転を一拍、わざと乱す。エリスティアの縫いは、その乱れの狭い隙**を逃さず縫い止める。ジークは火杭を打ち増し、カイルが癒しを置きながら拘束の帯を重ねる。

――動きが、音楽になる。

魔王が、初めて“視線”を向けた。空洞の仮面に見える顔が、わずかに傾く。声はない。ただ、吸収波が強まった。黒糸が太くなり、空気から“色”が抜ける。

「――っ!」

レオンの足が半歩、床を滑る。アルトがすぐ肩で支え、盾面で波形を受け流した。水の鎖がキィと鳴り、地の柱が低く唸る。支えは辛うじて届く。届いている。だが、長くは続かない。

「ミナ」

「分かってる」

彼女は銃を低く構え、装填を変えた。可変式・観測弾が、今度は黒糸の枝分かれに“紋”を残していく。直撃で壊すのではない。見るための印――ロゴスがそこに“定義”を置き、吸収の流れに薄い摩擦を生ませる。

「……来る」

リュシアが杖先を軽く打った。第三の反転刻。癒しと守りの旋律のさらに下――空白の一瞬に指先を滑り込ませる。頁が裏返る拍に指をかけ、半拍だけ動きを遅らせる。

魔王の胸郭で、ひとつ鼓動が空振りした。

その一瞬で、アマネの星が縫い目をもう一本結えた。

「今!」

ミナの短い合図に、全員の動きが重なる。

レオンの水が吸収波の縁を洗い、アルトの地が根を張る。

エリスティアの糸がほころびを綴じ、ジークの炎が杭を打つ。

カイルの祈りが半拍遅れて命を守り、リュシアが反転を一段深く刻む。

そしてアマネが――断界の縫い目に、もう一本、星の線。

黒糸の束が一つ、千切れた。途端に第一換装の進行が一拍ぶん、ぴたりと止まる。

「……手応え」

誰ともなく、息の底で同じ言葉が生まれた。

だが、魔王は止まらない。残る糸が、倍の速さで蠢く。今度は天井の裏から、見たことのない角度で“窓”が開いた。配置の理屈などない。理の外からの侵入――。

「くるよ、上!」

アマネの声に、レオンの槍が先に跳ねた。水の螺旋が天井へ駆け上がり、見えない窓枠を凍える蒼で縫いとめる。アルトが地の柱を延ばし、螺旋の芯に芯を通した。

「抑えた――今!」

ミナの合図。エリスティアの矢が空へ吸い込まれ、見えない糸を上から下へ引き絞る。ジークの斧が最後の一打で窓縁を砕き、カイルが落ちる破片の“衝撃”を祈りで緩衝する。

リュシアの声がかぶさった。

「第二層、固定。第三――半分!」

アマネは星の線を三本目まで通し、息を吐いた。胸の太陽が熱く、背の森羅が静かに広がる。

(――追いつける。追いつけるよ)

魔王の外殻が、違う形に到達しかけていた。背の棘がもう一本生えれば、角の角度がもう一段変われば――第一換装は完璧になる。だが、黒糸の一束が結えられ、別の一束が縫い留められ、拍が狂う。

「……人よ」

ひどく遠いところから、やっと一言が届いた。声というより、岩盤の震え。

「遅延は、勝利ではない」

アマネは刃を立て直し、笑って首を横に振る。

「生き延びることは、勝ち筋に入るってことだよ」

魔王の胸郭で、また一つ鼓動が空振りする。

「――揃った」

リュシアの声が落ち着いていた。反転の拍子は三段。癒しと守りの下に、空白を掴む指が定着した。

「基礎工程、完了」

ミナが肩の力を抜き、銃口をわずかに下げる。「次は、見せ場の連鎖へ」

レオンが短く槍を回し、アルトが盾剣を握り直す。ジークは斧を担ぎ、カイルは息を整え、エリスティアは弦の上の見えない糸をさらに細く、強く。

アマネは一歩前に出て、継星刀の背で金と銀の弧を重ねた。

「行こう。ここから――崩す」

玉座圏に集まった呼吸が、同じ拍で鳴る。

魔王が無言で軋み、吸収の波が再び盛り上がる。

だがその前に、八人の“連鎖”が走り出していた。

――次章、見せ場の連鎖へ。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

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