表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

443/471

同時討伐、起動

――薄い霧笛が、今度は深く鳴った。二度。五拍。

散らばる三つの戦線で、八人の視線が同じ刻を見た。ミナの指が軽く弾け、ジークの足が地を蹴り、レオンの槍が潮を呼び、エリスティアの矢が風を割り、アルトの戦域が“開き”、カイルの祈りが光を束ねる。揃える――ここからだ。

1|熔光の廊(ジーク&ミナ vs 焔の使徒)

城の一角、熔金の川が壁面を流れる廊下。熱で歪む空気の奥、焔の使徒アドラ・ヴェルマが、溶鉱を背に薄く笑った。腕部の炎脈が鳴り、足裏で床石が崩れ落ちる。“焔の奔襲”が来る――ジークはそれを真正面から受ける気配を見せておいて、一拍だけ遅らせて右足を捻った。

「――来いよ、爆ぜろ!」

轟斧ヴァルガルムがうなり、炎の奔流が刃の面で二つに裂ける。ミナはすでに斜め後方。銃口に刻まれた薄青の回路がふっと点り、弾倉から散った魔力光が床に“遅延膜”を織った。目に見えぬ薄い膜が、走る焔の残滓だけを絡めとって鈍くする。

「遅延、展開完了! 残滓流出は五拍までなら私がもたせる!」

「なら四拍で斬り伏せる!」

アドラの胴が膨れ、肩口から“焔槍”が三叉に伸びる。突きの拍は速い――だが直線だ。ジークは半歩踏み込み、肩越しに見えるミナの指の角度だけを合図に、斧を逆手に返して柄で弾き、空いた懐へ炎纏いの一撃を叩き込む。

「ぐ、ぅ――!」

燃え盛る外殻が剥がれ、赤黒い“核”がのぞいた。ミナの瞳が小さく光る。解析完了、という合図。彼女はアルキメイアの側面スライダーを押し出し、破片が迷い込むと自動で“絡め取る”罠結界を床に散らした。

「仕留めは合図まで待って、ジーク! ――印は置くよ」

銃口から放ったのは、傷を塞ぐ癒光にも似た澄んだ弾。だが効能は逆。焔核の“回生”を一拍だけ停める封刻弾だ。アドラが焔を煽っても、核の脈動が半拍遅れる。

ジークは斧を肩に担ぎ直し、獰猛な笑みを薄くした。

「いい面だ……終いは全員で、だ」

(――右腕・左腕が落ちた瞬間、残滓は魔王へ回収される。だから“同時”に仕留める。今は、刻を繋ぐ爪を打つ時だ)と二人は理解していた。

2|凍月の回廊(レオン&エリスティア vs 氷の使徒)

氷晶が天井から柱のように降り、足元は透きとおる霜の鏡。氷の使徒グレイシャ・モルドが、肩口から鋭角の氷刃を伸ばし、空気ごと肺を凍らせる“凍息”を吐いた。

「下がって!」

エリスティアが矢を放つ――実体はない。風と神樹の粒子で編んだ精霊矢が、凍息の境界だけを裂いて“空気の道”を作る。その細い道へ、レオンが槍を突き出した。槍身の紋がしぶきを上げ、アクア・レグルスが潮の筋を走らせる。氷の舌が水の圧で折れ、凍てた回廊にひびが走った。

「殿下、左! 氷棘が――」

「見えている!」

槍を薙ぎ、足元の水脈を“段”に替えて跳ぶ。軽やかな二段目の着地と同時、背のマントが潮風のように揺れた。レオンは体勢を崩さない。だが視線の端で、エリスティアの肩が微かに震えたのも見た。

「エリスティア」

呼びかけは短く、温い。彼女は頷き、呼気を細くした。神樹の歌――シルヴァ・ユグドが、彼女の矢筒代わりに風の粒を集めてくれる。

エリスティアの腰がわずかに落ち、弓が限界まで引き絞られる。

矢は一本。だが放たれた瞬間、無数に分岐して“弱点”だけを叩く。

グレイシャの外殻に星座のような裂け目が灯る。レオンはそこに水槍の穂先を滑り込ませ、氷の靭帯を切断――と、同時に柄尻で床を突いて水脈を“堤”に変えた。

氷が砕け、転げる使徒の体躯が“堤”で止まる。

「止めは――まだだ」

エリスティアが息の尾で言う。彼女は矢に“芽吹き”の印を付けた。狙いは核の直上、薄く震える結晶の環。印が刺さり、核の“冷却循環”が一拍だけ乱れた。

「印、刺しました。――殿下、刻を」

「承知」

レオンは槍の穂先をわずかに下げ、アクア・レグルスの潮を細い糸に変える。印と印を細い水脈で“結ぶ”。これで、合図の一声で“決壊”できる。

(同時に、だ。アマネ、リュシア……)

心の底で名を呼ぶ。遠い場所の二人の呼気が、潮の音に混ざって聞こえた気がした。

3|鼓動の土間(アルト&カイル vs 獣の使徒)

石を喰うように鳴る咆哮。大地を腕に巻いた獣の使徒ガルド・バロスが、四肢で壁を駆け、天井から墜ちてくる。着弾の瞬間に“地震波”が走る――

アルトは盾側の脚を引き、戦域を“閉じ”から“開き”へ反転した。床石の継ぎ目が光の糸で結ばれ、“揺れを逃がす導線”が瞬時に編まれる。

「踏ん張れ!」

衝撃が直撃しても、足元の世界が崩れない。カイルはその隙に祈聖書ルーメナスへ指を走らせ、ヴェント・スピリトの風を“腱”へ集中させる。目に見えぬ刃の風が、獣の後脚の付け根を撫で、踏み込みの角度を鈍らせた。

「今!」

アルトの盾が唸り、共鳴刃が縁から伸びて“噛む”。バロスの前脚が沈み、巨躯が前のめりになったところへ、カイルが氷の鎖を一条だけ投げる。

凍結はしない――冷却だけで“筋”を固め、動きを半拍だけ遅らせるための鎖だ。

獣の牙が届く寸前、アルトは半歩“開き”を狭め、盾で噛み込んだ。

金属音ではない。大地のうなりだ。盾の紋が低く鳴り、テラ・ドミヌスの庇護が“杭”のように床へ下りる。

「――押し戻す!」

「支えます!」

二人の声が重なり、巨体が壁へ叩き付けられた。

カイルは息を吐き、杖先で“印”を記す。回生の拍を読み取り、そこへ“空の拍”を差し込む。獣の心臓が一拍だけ迷い、回復のリズムがわずかに乱れた。

「止めはまだ。みんなと“合わせる”」

アルトは頷き、戦域の縁をもう一段“固い地盤”に替える。

この場が崩れないように――遠い二人が決めるその刻まで。

4|手繰る刻、編む印

三つの戦線で、それぞれの“止め”が保留された。代わりに散りばめられたのは、印と糸と杭。

ミナの遅延膜は残滓の流れを五拍遅らせ、エリスティアの芽吹き印は核の循環を乱し、カイルの“空の拍”は回生を一瞬空白にする。

アルトの戦域は足場を保ち、レオンの水脈が合図の道を作る。ジークの斧は獣を震わせ、ミナの銃と罠が逃げ道をふさぐ。

八人の意志が、見えない図形を城の中に描いていく。

(――あと少しだ)

レオンは槍を正眼に据え、息を整えた。冷気が頬を刺す。背後でエリスティアが短く囁く。

「殿下、私は大丈夫です。……一緒に、終わらせましょう」

「もちろんだ」

アルトは肩越しにカイルを見る。

「タイミングは任せる。僕は――支える」

カイルは笑った。「知ってる」

ジークは斧を担ぎ、顎を撫でる。

「ミナ、例の“合図”、来たら俺が先に吠える」

「オッケー、吠えて。私が鳴らす」

遠い空の向こうで、刃と書の音が、なお高く澄む。右腕、左腕――二つの“王手”が重なり合う気配。

(アマネ、リュシア。刻は、私たちが揃える)

5|合図までの五拍

最奥のどこかで鐘が鳴ったように、瘴気が一度だけ吸い込まれた。

ミナは息を呑み、指先でトリガーをなぞる。

「――一拍目」

熔光の廊で、アドラが焔槍を再起動。だが核の回生は遅れている。ジークは敢えて斧を振り上げず、肩で受け、逸らし、足だけで位置を取った。

「二拍目」

凍月の回廊で、グレイシャが霜の霧を吐く。エリスティアの矢が霧を裂き、レオンの槍が水脈で印と印を結び直す。

「三拍目」

鼓動の土間で、バロスが暴れる。アルトの戦域が衝撃を散らし、カイルの祈りが“空の拍”を呼び込んで、心臓の迷いを固定する。

「四拍目」

ミナは呼吸を止める。五拍までが、私の仕事――

銃身が鳴り、透明な波紋が廊下全体を撫でた。残滓の流れがさらに滞る。

ジークの足が石を噛む。

レオンの穂先がかすかに下がる。

アルトの盾がわずかに前へ出る。

「五拍目――!」

八人の胸で、同じ言葉が灯った。

――今だ。

三つの戦線で、同時に起きたのは“討ち”ではない。

次の一撃が“討ち”になるよう、不可逆の準備を完了させるための“起動”だ。

熔光の廊では、ジークが焔槍の芯を斧の腹で“噛み”、ミナの封刻弾が核の表面に“鎖”を走らせる。

凍月の回廊では、レオンが水脈を一筋だけ“断つ”。印から印へ、澱んだ潮が逆流を始める。エリスティアの矢がその流路に“芽吹き”の楔を追い打ちする。

鼓動の土間では、アルトの戦域が“閉じ”に転じ、カイルの“空の拍”が回生の谷間を広げた。

八人が同時に、喉の奥で声を飲み込む。

遠いところで、刃が鳴り、書が軋む。

右腕と左腕――あの二人も同じ刻で“決め”に行く。

(揃った。あとは――)

レオンが、短く息を吐いた。

「次で終わらせる。――全隊、準備完了」

その声は三つの戦線へ、正しく届く。

エリスティアが弓を引き、アルトが盾を預け、カイルが祈りを立て、ジークが斧を肩から下ろし、ミナが指を弾く。

「――同時討伐、起動」

薄い霧笛が、もう一度鳴った。

(アマネ、リュシア。待ってる。ここで“刻”を合わせた)

(来て。終わらせよう――人の手で)



お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ