同時討伐、起動
――薄い霧笛が、今度は深く鳴った。二度。五拍。
散らばる三つの戦線で、八人の視線が同じ刻を見た。ミナの指が軽く弾け、ジークの足が地を蹴り、レオンの槍が潮を呼び、エリスティアの矢が風を割り、アルトの戦域が“開き”、カイルの祈りが光を束ねる。揃える――ここからだ。
1|熔光の廊(ジーク&ミナ vs 焔の使徒)
城の一角、熔金の川が壁面を流れる廊下。熱で歪む空気の奥、焔の使徒アドラ・ヴェルマが、溶鉱を背に薄く笑った。腕部の炎脈が鳴り、足裏で床石が崩れ落ちる。“焔の奔襲”が来る――ジークはそれを真正面から受ける気配を見せておいて、一拍だけ遅らせて右足を捻った。
「――来いよ、爆ぜろ!」
轟斧がうなり、炎の奔流が刃の面で二つに裂ける。ミナはすでに斜め後方。銃口に刻まれた薄青の回路がふっと点り、弾倉から散った魔力光が床に“遅延膜”を織った。目に見えぬ薄い膜が、走る焔の残滓だけを絡めとって鈍くする。
「遅延、展開完了! 残滓流出は五拍までなら私がもたせる!」
「なら四拍で斬り伏せる!」
アドラの胴が膨れ、肩口から“焔槍”が三叉に伸びる。突きの拍は速い――だが直線だ。ジークは半歩踏み込み、肩越しに見えるミナの指の角度だけを合図に、斧を逆手に返して柄で弾き、空いた懐へ炎纏いの一撃を叩き込む。
「ぐ、ぅ――!」
燃え盛る外殻が剥がれ、赤黒い“核”がのぞいた。ミナの瞳が小さく光る。解析完了、という合図。彼女はアルキメイアの側面スライダーを押し出し、破片が迷い込むと自動で“絡め取る”罠結界を床に散らした。
「仕留めは合図まで待って、ジーク! ――印は置くよ」
銃口から放ったのは、傷を塞ぐ癒光にも似た澄んだ弾。だが効能は逆。焔核の“回生”を一拍だけ停める封刻弾だ。アドラが焔を煽っても、核の脈動が半拍遅れる。
ジークは斧を肩に担ぎ直し、獰猛な笑みを薄くした。
「いい面だ……終いは全員で、だ」
(――右腕・左腕が落ちた瞬間、残滓は魔王へ回収される。だから“同時”に仕留める。今は、刻を繋ぐ爪を打つ時だ)と二人は理解していた。
2|凍月の回廊(レオン&エリスティア vs 氷の使徒)
氷晶が天井から柱のように降り、足元は透きとおる霜の鏡。氷の使徒グレイシャ・モルドが、肩口から鋭角の氷刃を伸ばし、空気ごと肺を凍らせる“凍息”を吐いた。
「下がって!」
エリスティアが矢を放つ――実体はない。風と神樹の粒子で編んだ精霊矢が、凍息の境界だけを裂いて“空気の道”を作る。その細い道へ、レオンが槍を突き出した。槍身の紋がしぶきを上げ、アクア・レグルスが潮の筋を走らせる。氷の舌が水の圧で折れ、凍てた回廊にひびが走った。
「殿下、左! 氷棘が――」
「見えている!」
槍を薙ぎ、足元の水脈を“段”に替えて跳ぶ。軽やかな二段目の着地と同時、背のマントが潮風のように揺れた。レオンは体勢を崩さない。だが視線の端で、エリスティアの肩が微かに震えたのも見た。
「エリスティア」
呼びかけは短く、温い。彼女は頷き、呼気を細くした。神樹の歌――シルヴァ・ユグドが、彼女の矢筒代わりに風の粒を集めてくれる。
エリスティアの腰がわずかに落ち、弓が限界まで引き絞られる。
矢は一本。だが放たれた瞬間、無数に分岐して“弱点”だけを叩く。
グレイシャの外殻に星座のような裂け目が灯る。レオンはそこに水槍の穂先を滑り込ませ、氷の靭帯を切断――と、同時に柄尻で床を突いて水脈を“堤”に変えた。
氷が砕け、転げる使徒の体躯が“堤”で止まる。
「止めは――まだだ」
エリスティアが息の尾で言う。彼女は矢に“芽吹き”の印を付けた。狙いは核の直上、薄く震える結晶の環。印が刺さり、核の“冷却循環”が一拍だけ乱れた。
「印、刺しました。――殿下、刻を」
「承知」
レオンは槍の穂先をわずかに下げ、アクア・レグルスの潮を細い糸に変える。印と印を細い水脈で“結ぶ”。これで、合図の一声で“決壊”できる。
(同時に、だ。アマネ、リュシア……)
心の底で名を呼ぶ。遠い場所の二人の呼気が、潮の音に混ざって聞こえた気がした。
3|鼓動の土間(アルト&カイル vs 獣の使徒)
石を喰うように鳴る咆哮。大地を腕に巻いた獣の使徒ガルド・バロスが、四肢で壁を駆け、天井から墜ちてくる。着弾の瞬間に“地震波”が走る――
アルトは盾側の脚を引き、戦域を“閉じ”から“開き”へ反転した。床石の継ぎ目が光の糸で結ばれ、“揺れを逃がす導線”が瞬時に編まれる。
「踏ん張れ!」
衝撃が直撃しても、足元の世界が崩れない。カイルはその隙に祈聖書へ指を走らせ、ヴェント・スピリトの風を“腱”へ集中させる。目に見えぬ刃の風が、獣の後脚の付け根を撫で、踏み込みの角度を鈍らせた。
「今!」
アルトの盾が唸り、共鳴刃が縁から伸びて“噛む”。バロスの前脚が沈み、巨躯が前のめりになったところへ、カイルが氷の鎖を一条だけ投げる。
凍結はしない――冷却だけで“筋”を固め、動きを半拍だけ遅らせるための鎖だ。
獣の牙が届く寸前、アルトは半歩“開き”を狭め、盾で噛み込んだ。
金属音ではない。大地のうなりだ。盾の紋が低く鳴り、テラ・ドミヌスの庇護が“杭”のように床へ下りる。
「――押し戻す!」
「支えます!」
二人の声が重なり、巨体が壁へ叩き付けられた。
カイルは息を吐き、杖先で“印”を記す。回生の拍を読み取り、そこへ“空の拍”を差し込む。獣の心臓が一拍だけ迷い、回復のリズムがわずかに乱れた。
「止めはまだ。みんなと“合わせる”」
アルトは頷き、戦域の縁をもう一段“固い地盤”に替える。
この場が崩れないように――遠い二人が決めるその刻まで。
4|手繰る刻、編む印
三つの戦線で、それぞれの“止め”が保留された。代わりに散りばめられたのは、印と糸と杭。
ミナの遅延膜は残滓の流れを五拍遅らせ、エリスティアの芽吹き印は核の循環を乱し、カイルの“空の拍”は回生を一瞬空白にする。
アルトの戦域は足場を保ち、レオンの水脈が合図の道を作る。ジークの斧は獣を震わせ、ミナの銃と罠が逃げ道をふさぐ。
八人の意志が、見えない図形を城の中に描いていく。
(――あと少しだ)
レオンは槍を正眼に据え、息を整えた。冷気が頬を刺す。背後でエリスティアが短く囁く。
「殿下、私は大丈夫です。……一緒に、終わらせましょう」
「もちろんだ」
アルトは肩越しにカイルを見る。
「タイミングは任せる。僕は――支える」
カイルは笑った。「知ってる」
ジークは斧を担ぎ、顎を撫でる。
「ミナ、例の“合図”、来たら俺が先に吠える」
「オッケー、吠えて。私が鳴らす」
遠い空の向こうで、刃と書の音が、なお高く澄む。右腕、左腕――二つの“王手”が重なり合う気配。
(アマネ、リュシア。刻は、私たちが揃える)
5|合図までの五拍
最奥のどこかで鐘が鳴ったように、瘴気が一度だけ吸い込まれた。
ミナは息を呑み、指先でトリガーをなぞる。
「――一拍目」
熔光の廊で、アドラが焔槍を再起動。だが核の回生は遅れている。ジークは敢えて斧を振り上げず、肩で受け、逸らし、足だけで位置を取った。
「二拍目」
凍月の回廊で、グレイシャが霜の霧を吐く。エリスティアの矢が霧を裂き、レオンの槍が水脈で印と印を結び直す。
「三拍目」
鼓動の土間で、バロスが暴れる。アルトの戦域が衝撃を散らし、カイルの祈りが“空の拍”を呼び込んで、心臓の迷いを固定する。
「四拍目」
ミナは呼吸を止める。五拍までが、私の仕事――
銃身が鳴り、透明な波紋が廊下全体を撫でた。残滓の流れがさらに滞る。
ジークの足が石を噛む。
レオンの穂先がかすかに下がる。
アルトの盾がわずかに前へ出る。
「五拍目――!」
八人の胸で、同じ言葉が灯った。
――今だ。
三つの戦線で、同時に起きたのは“討ち”ではない。
次の一撃が“討ち”になるよう、不可逆の準備を完了させるための“起動”だ。
熔光の廊では、ジークが焔槍の芯を斧の腹で“噛み”、ミナの封刻弾が核の表面に“鎖”を走らせる。
凍月の回廊では、レオンが水脈を一筋だけ“断つ”。印から印へ、澱んだ潮が逆流を始める。エリスティアの矢がその流路に“芽吹き”の楔を追い打ちする。
鼓動の土間では、アルトの戦域が“閉じ”に転じ、カイルの“空の拍”が回生の谷間を広げた。
八人が同時に、喉の奥で声を飲み込む。
遠いところで、刃が鳴り、書が軋む。
右腕と左腕――あの二人も同じ刻で“決め”に行く。
(揃った。あとは――)
レオンが、短く息を吐いた。
「次で終わらせる。――全隊、準備完了」
その声は三つの戦線へ、正しく届く。
エリスティアが弓を引き、アルトが盾を預け、カイルが祈りを立て、ジークが斧を肩から下ろし、ミナが指を弾く。
「――同時討伐、起動」
薄い霧笛が、もう一度鳴った。
(アマネ、リュシア。待ってる。ここで“刻”を合わせた)
(来て。終わらせよう――人の手で)
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