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三隊、刻を揃える

氷と炎と瘴気が渦巻く城下の内郭。瓦礫と亀裂のあいだを、黒糸のような気配がときおり走った――使徒が斃れたとき、魔王へ流れ込む“吸収”の征兆。

「……見えた。流れてる」

ミナが《アルキメイア》の側面に触れ、銃身の水晶窓へ薄い陣形図を浮かべた。ロゴスの淡い声が内耳に響く。

〈観測:吸収線、目標方向は玉座下。最低30カウントで到達〉

「じゃ、こっちで30カウント伸ばす」

彼女は腰のカートリッジから極小の符片を抜き取り、空に散らす。符は連なって六角格子を描き、見えない“遅延膜”を結んだ。

「合図は霧笛。レオン殿下の潮を二度――その五拍後」

「了解。根で支える」

エリスティアが頷き、指を胸に添える。シルヴァ・ユグドの気配が、風とともに木霊した。

1|焔の輪舞、鎖す

煉獄輪舞ラグナ・ロンド――炎の輪が幾重にも重なり、路地を炎の渦に変えていた。焔の使徒アドラ・ヴェルマの鎧殻が軋むたび、炎は甲殻から芽吹くように湧き上がる。

「燃え尽きろ!」

「やだっ!」

ミナの足元に炎蛇が噛みつく寸前、轟斧ヴァルガルムが地面を叩いた。ジークの一撃が路面に断層を走らせ、炎の流れを割る。

「道は開けた、ミナ!」

「任せて!」

ミナは跳ねて路地の壁に掌を押し当て、符片を連射する。壁・地面・瓦礫へ、淡い紋が次々と“縫い付け”られた。ロゴスが即座に繋ぐ。

〈遅延膜、第一層展開。散布角良好〉

「さらに――鎖鎌、展開っ!」

銃口が短く変形し、射出されたワイヤーが炎輪の縁に絡みつく。ワイヤーの節々が白く点滅し、炎を“鈍く”変質させた。

「ちょこまかと!」

アドラが踏み込む。甲殻の縫い目から新たな火柱が噴き上がり、ジークを呑みこまんと迫る。ジークは臆せず前へ出た。

「臆すかよ!」

炎を逆巻かせ、自身の斧に“炎纏い”を重ねる。炎と炎が噛み合い、火花は白く音を失った。衝突の中心で、ミナの声が跳ねる。

「右脚関節、二番膜――今!」

ジークの斧が一寸だけ角度を変え、甲殻の目地を叩き割る。アドラの姿勢が崩れ、炎輪が一瞬ほどけた。

「決めるか!」

「……まだ」

ミナは首を振る。視界の端で、黒糸がちらりと揺れた。今、斃せば流れる。 彼女は銃をたたんで左手を突き出す。

「遅延、第二層――リボン留め」

薄桃の糸が空に結ばれ、見えない“取っ手”が生まれる。アドラの炎がそこへ引っかかり、渦の回転がわずかに遅くなる。

「焦らすの、うめぇな」

「うん。最悪の瞬間に最高の一撃、だよ」

ジークが笑い、斧を肩に担いだ。ふたりの息が揃う。

2|凍土、潮と根で割る

外郭北面――氷の使徒グレイシャ・モルドが息を吐くたび、空気は白く硬質になった。広域鈍化の気配が兵の動きを鈍らせる。

「下がれ! ここは俺たちが押さえる!」

レオンの声が響き、左手の槍が静かに回る。アクア・レグルスの紋が水面のように彼の周囲に広がった。

「――潮を上げる」

地中から水音が生まれる。凍土の下、眠っていた水脈が呼ばれ、薄い膜となって地表へ息を吹き返す。氷の膜は水に浮く――その一瞬の浮力を、エリスティアは逃さない。

「根、走れ」

彼女の矢が地へ落ちる前に、根が芽吹いた。凍てた地を縫うように走った根は、水脈の道筋に絡み、氷板を下から押し上げて割る。

「チッ……!」

亀裂から冷気が噴き、氷の柱が樹のように突き上がる。グレイシャの棺詩グラシアル・コフィンが周辺一帯を閉ざそうとした。

「殿下、右斜め上!」

「見えている」

レオンは槍を逆手に持ち替え、一息で三突きを放つ。水紋が空中に残り、柱の成長を“濡らして”鈍らせた。そこへエリスティアの矢が通る。矢は風を纏い、氷の接合部だけを正確に砕いた。

「……ここで、結界を」

エリスティアが深く息を吸い、ゆっくりと吐く。指先から薄緑の光が輪となって地に降り、神樹結界が展開された。結界内、黒糸の“流れ”が目に見えて痩せる。

レオンが横目で頷いた。「よくやった。そのまま維持を」

「はい」

グレイシャが咆哮し、冷気が濃度を増す。レオンは槍を構え直し、足を一歩前へ送る。

「ここは割り切る。倒し切る一手は、後だ」

「……ええ。合わせます」

ふたりの視線が重なる。薄い霧が合図の練習のように、二度、短く鳴った。

3|獣の吼えを枷る

内郭の広場――獣の使徒ガルド・バロスが地を抉って突進した。角の先で石畳が砕け、土煙が遮二無二に舞い上がる。

「右前脚、くるぞ!」

アルトが叫び、黎剣セラフィードの盾面を地に突き立てた。同時に戦域展開――目に見えぬ壁と路が整い、味方の退避線が“自然に”開く。

「助かる!」

兵が抜ける隙間へ、風が走った。カイルの祈りが軽く響き、ヴェント・スピリトの加護が味方の足を速める。続けて杖の一閃、ヴァルディア・フェンリルの冷気が獣の足首へ薄い氷鎖を噛ませた。

「ぐおおおっ!」

巨体が揺らぐ。アルトは機を逃さず踏み込む。盾を押し上げると見せて、剣側の縁で関節の“遊び”を断つ――共鳴刃が一瞬だけ伸び、獣のバランスを奪った。

「今のは効いた!」

「でも、まだだ。カイル、治癒線の維持を!」

「任せて!」

風の紋が地面に浮かび、負傷者へ道が“導かれる”。その上を運ばれた兵へ回復の光が降った。カイルは汗を拭い、短く息を継ぐ。

「……アルト、最後の一撃は合わせたい。吸収を遅らせる結節点、僕の印で作っておく」

「了解。俺の戦域に織り込む」

二人の呼吸が揃う。ガルドが再び咆哮を上げ、群れへの号令を飛ばすが、戦域の“壁”が雑兵の侵入角を鈍らせた。

「来い。ここは通さない」

アルトは静かに、しかし揺るぎなく言った。

4|影、忍び寄る

――薄い、耳鳴りのような気配。

「……来る」

エリスティアが弦ない弓を上げ、目を細める。空間の“厚み”がわずかに変わり、影の回廊が街路の裏へ滲み出した。

「ノクス・ヴェールだ。殿下」

「潮で縁を濡らす。可視化する」

レオンが槍を突き、地表に水紋を広げる。亀裂の隙間――影の廊が輪郭を獲る。そこへエリスティアの矢が一本、二本。影は揺れ、回廊の出口が別方角へ“逸ら”された。

「……今は追わない。氷を落とすのが先」

「了解」

影は、待つ。こちらも、待つ。

5|合図の稽古

伝声具に、ミナの声が入る。

『――こちら、ミナ。遅延は二層まで成立。あと一層、行ける』

『レオン、こちらも結界安定。吸収効率は半減できている』

『アルト、こっちは目印の“結び”を敷いた。合図次第で一斉に行ける』

短い報告が重なり、静かな間が流れた。誰もが理解している――“決める”のは一度きりだ。タイミングを誤れば、魔王はふたたび膨れ上がる。

「……よし」

ミナが小さく息を吸う。

「霧笛二度、五拍――本番の前に、試しで一度。レオン殿下、お願いします」

「承知」

レオンが霧を浅く鳴らす。二度。五拍。各隊が模擬の“決め”の動作だけをなぞり、寸でのところで止めた。

『……行ける』

ミナの声に、三隊の呼吸がほんの少し軽くなる。

6|遠い二人の気配

北の空の向こう。誰にも見えない場所で、星と月の気配が高く澄んだ。刃が鳴り、書が軋み、互いの“王手”が重なり合う。

アルトは一度だけ、眉を上げた。彼には見えないが、確かに伝わる。

「……待ってる。タイミング、合わせる」

カイルが頷く。「僕たちの役目は、迷わせないことだ」

ジークは斧を握り直し、ミナは銃身の温度を指で確かめる。レオンは槍を立て、エリスティアは胸に手を当てた。

それぞれの場所で、同じ言葉が胸の底に灯る。

――人としての心を、捨てない。

7|刻、鳴る

薄い霧笛が、今度は深く鳴った。二度。五拍。

ミナの指が軽く弾ける。ジークの足が地を蹴る。レオンの槍が潮を呼び、エリスティアの矢が風を割る。アルトの戦域が“開き”、カイルの祈りが光を束ねる。

「――合わせる!」

三方向から、決着の態勢が同時に組み上がった。

黒糸は、まだ流れない。遅延膜と神樹結界が、わずかながら“猶予”を保っている。

「ここからだ」

レオンが静かに告げ、前へ出た。八人の希望は、この刻を揃えることから始まる。

――次、一斉に斬り結ぶ。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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