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折れる心—勇者の影

森を覆う影狼の群れはようやく散った。

息を荒げながら斧を振り下ろすジークの肩で、汗と血が混じり合って滴る。

「……終わったか?」

カイルが詠唱を解き、杖を下ろす。

だが安堵の気配は一瞬にすぎなかった。

周囲には折れた木々と焦げ跡、そして倒れた魔物の死骸が散らばっている。

異様な数と動き――これが単なる演習であるはずがない。

アルトは震える呼吸を抑えながら、剣を握り直していた。

(俺が……俺が導かなければ。勇者候補として――)

焦燥に突き動かされ、彼は残った狼に強く斬りかかる。

だが、力任せの一撃は標的を外れ、大木を斜めに裂いた。

「殿下、危ない!」

ジークの警告。

巨木がきしみ、岩場に激突。

その衝撃で頭上の岩が崩れ落ちた。

「アマネっ!」

崩落の直下にいた小柄な少女が、叫びをあげる暇もなく押し倒された。

轟音。土煙。砕けた岩が地面に散乱する。

「アマネ!」ミナが悲鳴を上げ、駆け寄る。

瓦礫を退けた先で、アマネは血に濡れた肩を押さえ、足を庇っていた。

「……だいじょ、ぶ……」

無理に笑おうとする顔は蒼白で、呼吸が荒い。

肩から血が滲み、足は骨が折れたように腫れていた。

「全然大丈夫じゃない!」ジークが怒声をあげる。

リュシアは膝をつき、震える手を伸ばした。

「……お願い、癒えて……」

掌から広がった光がアマネを包む。

だが、すぐに輝きは揺らぎ、骨は繋がりきらず、出血も収まりきらない。

「わ、私の力じゃ……これ以上は……」

リュシアの声がかすれた。

「もう……いいよ。ここまででも歩ける……から」

アマネが苦しげに笑う。その強がりに、リュシアの胸が痛んだ。

「違う……私は治したいの!」

その声は涙を帯びていた。義務や役割のためではない。

ただ、目の前の仲間を救いたい――それだけの願い。

「光よ……彼女を守って!」

祈りに応じるように、光がふたたび強まった。

折れた骨は定まり、血の流れも止まる。

アマネは痛みに顔を歪めつつも、腕で支えて立ち上がれた。

「……ありがとう、リュシア。これなら……ついていける」

その言葉に、リュシアは驚き、そして小さく頷いた。

一方、その光景を見つめるアルトの手は震えていた。

(俺のせいだ……俺が斬ったせいで木が倒れ、岩が崩れ……アマネを傷つけた)

勇者候補として皆を守るどころか、逆に仲間を危険に晒した。

剣を握る指が力なく緩む。

「……俺は、勇者なんかじゃない」

声は誰に届くでもなく、ただ土に吸い込まれていく。

その胸の奥で、ひび割れる音がした。

――誇りでも責任でもなく、心そのものが折れていく音。

森に残ったのは勝利の歓声ではなく、重苦しい沈黙だった。

アルトの影は、夜の闇よりも濃く、深く――彼を呑み込んでいった。


心の揺れ回。続けて次回を投稿予定です。

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