拮抗の軋み
――灼ける。
ジークの轟斧が火花を散らし、焔の使徒アドラ・ヴェルマの輪舞が外郭を焼く。環状の炎壁が幾重にも重なり、踏み込む者を溶かす檻と化す。
「ミナ、いけるか!」
「任せて!」
ミナは膝をつき、アルキメイアを地に向けて叩く。銃口から展開した光学式の“術式杭”が地表へ縫い止められ、火勢の乱流に“節”を刻む。
「解析完了――《熱剪断》! 輪舞の節目を崩すよ!」
目に見えない切断線が炎環を二つ三つと外し、ジークの突進路が生まれた。
「らあぁッ!」
斧面が轟いて炎の甲殻を割る。だがアドラは笑い、割れ目からさらに高温の核炎を吹き上げて押し返した。熱が皮膚を刺す。ミナの術式杭が蒼に点滅――“吸収遅延”の回路へ切り替わる。彼女は短く息を吐くと、結界弾を上空に撃ち上げ、見えない網で戦場全体を覆った。
「黒糸を三十秒遅らせる! ジーク、決めに行くチャンスは二回!」
「二回あれば充分だ!」
◇
北の回廊。
レオンの槍が水脈を叩くと、凍土の下で静脈のような水の道が脈打つ。氷の使徒グレイシャ・モルドは氷冠を広げて城壁ごと凍らせようとし、空気は白く軋む。
「エリスティア!」
「はい!」
精霊弓から放たれた一矢が、氷冠の“継ぎ目”に正確に刺さる。瞬時に生じた歪みへ、レオンが《潮位転換》の水紋を流し込んだ。氷は水へ、そして水は根へ――エリスティアが足元に小さな神樹紋を展開する。
「《小神樹結界》……吸収効率、半減」
グレイシャが鈍く首を傾け、黒い霧の脈動が弱まる。
「今だ、砕く!」
レオンの穂先が氷棺を断ち、エリスティアの二の矢が芯を穿つ。だが、撒き散らされた霧が自ら凍り、散弾のように反撃。レオンは肩で受け、歯を食いしばった。
「……まだ、折れん!」
槍の柄がきしむ。横合い、エリスティアの矢が次の凍結核を先回りで破砕――二人の呼吸が噛み合い、拮抗が少しずつ“こちら寄り”に傾く。
◇
主門広場。
獣の使徒ガルド・バロスが踏み鳴らすたび、石畳が波打つ。群体号令で呼び寄せた魔獣らが左右から押し寄せ、前列が崩れれば後列が即座に埋める。
「――《戦域展開》、第二層!」
アルトが黎剣セラフィードを盾位に構え、大地に光の輪を重ねる。戦域は拠点化し、押し寄せる群れの脚を“遅く・弱く・浅く”変換する。
「カイル!」
「受けた。《風紋加速》《氷鎖封緘》!」
カイルの風が味方の動きを軽くし、氷の束が突進の首根を縛る。治癒陣が絶えず回り、負傷兵が倒れる前に立ち上がる。
「押し返すだけじゃない――『戻らせない』!」
アルトの戦域がさらに変調。外縁が“狭い門”のように狭隘化し、ガルドの巨体は真正面からしか入れなくなった。
獣の面がわずかに歪む。「面白い、小さき“工夫”よ」
次の瞬間、ガルドはわざと斜行して側面の城壁に体当たり、瓦礫を崩して新たな侵入路を作り出す。
「くっ……!」
「アルト、左斜面へ『仮門封鎖』を移す!」
カイルの指示が一秒早く飛び、戦域の縁が滑るように移動。瓦礫口が“通りにくい角度”へ最適化され、魔獣の波は鈍った。
「まだ戦える!」「いける、押し返せる!」
兵たちの声が戻る。拮抗のまま、しかし確実に“守り切る”方程式が回り始める。
◇
三戦場の脈拍が、遠隔の連絡線で一つになる。
『こちらミナ。遅延網、維持中。黒糸の発動は通常30秒、今はプラス二十。あと十秒は保てる』
『レオンだ。氷の核、次で砕ける。エリスティア、根をもう一段深く』
『アルト、南門側の兵を五十名、戦域の内側へ。カイル、治癒の層を厚くする』
短い言葉で、全体が呼吸を合わせる。“隊全体の連携”が噛み合った時、戦力はただの足し算ではなくなる。
だが――その瞬間、影が“耳打ち”した。
城の影がひとところへ寄る。誰かが闇に墨を垂らしたように、黒が濃くなり、薄い笑い声が通り過ぎた。
ミナが眉をひそめる。「……今の波形、誰?」
エリスティアは風のざわめきで輪郭をなぞる。「まだ“姿”にはならない……けれど、影が集まっている」
レオンが視線を上げた。「ここで乱入されると厄介だ。氷を先に落とし、影に対応する」
ジークの咆哮が遠くから連絡線越しに響いた。
『こっちも終盤だ! アドラ、核が露出する――ミナ!』
「タイマー更新、黒糸+二十五! ――今が削り時っ!」
◇
レオンは掌で水紋を弾ませ、結界の“潮目”を切り替える。
「切り替えるぞ――“氷から水へ、水から根へ”。今だ、貫け!」
「――《穿光》」
エリスティアの矢が白い弧を描いて光を穿つ。氷の冠が砕け、露出した核へレオンの槍が一直線に突き入った。
グレイシャ・モルドが悲鳴とともに霜霧を爆ぜさせ、黒い囁きが足元へ垂れ落ちる。
ミナの遅延網がそれを絡め取り、黒糸の流入を止める銀の輪が戦場に光った。
「黒糸、ストップ! ――三十秒、稼いだ!」
「十分だ。次を落とす」
◇
主門では、アルトの戦域が“固定砲台”に変じる。
「カイル!」
「了解、《導鎖》!」
氷鎖がガルドの膝をわずかに引き、アルトの“共鳴刃”がその偏差に合わせて盾面から伸びる。獣躯がよろめき、魔獣の波が一瞬止まる。
「ここだ――押し戻せ!」
兵が吠え、光の陣が一斉に前へ歩く。“守る”が“押し返す”に変わった。
◇
焔の輪舞に割り込むジークの斧が、最後の甲殻板を砕いた。
「折れろ――《炎纏い・轟断》!」
火焔が逆巻き、アドラの胸核が露出する。ミナはすかさず導線を焼き切り、吸収用の黒糸に“節”を入れた。
「黒糸、経路遮断――今しかない!」
「任されたぁぁぁ!」
◇
三つの戦場が、同時に“決め”に入る。
そのとき――影が笑った。
石畳に、もうひとつの“通り道”が滲む。
冷ややかな囁き――幽界廻廊。
まだ輪郭は薄い。ただ、拮抗を裂く予感だけが、風に混じった。
「影が来る。レオン、準備を」
「わかっている。――だがまず、目の前を落とす」
拮抗は軋み、わずかに、こちらへ傾く。
次の一手を、誰も外さない。
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