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三隊、拮抗

城下の脈動は、鼓動に似ていた。瘴気が石畳の下でうねり、八つの影がそれぞれの獲物へと散る。そのうち三つ――焔、氷、獣――が城門から広場、運河沿いの回廊へと同時に現出する。

《共有する――三方向。同時開戦。》

神樹の風が囁く。エリスティアの結界通信が全隊の意識に薄く重なった。

1)焔の広場/ジーク & ミナ vs 焔の使徒アドラ・ヴェルマ

炉跡の広場に、火輪が咲く。円環は幾重にも重なり、軌道をずらして交差しながら熱の檻を組み上げた。

煉獄輪舞ラグナ・ロンド――踊れ、燃やせ、全て灰に」

アドラ・ヴェルマの声は笑いとともに波打ち、灼熱の花弁がジークへ殺到する。

「上等だ!」

ジークは轟斧ヴァルガルムを肩口から叩き下ろし、斧身に炎を纏わせる。刃が回転火輪を割り、爆ぜる火花が彼の頬を赤く染めた。

「炎纏いの一撃!」

間髪入れず、ミナが後背から走り込み、魔導銃アルキメイアの側面に術式板をスライド装填する。

「温度差で歪ませる! 冷圧散弾グレイスプリット、連射!」

透明な衝撃が火輪の境界を削り、熱流に“継ぎ目”を作る。ジークの一歩がそこへ差し込まれ、突破の楔となった。

「右半身、瘴気の流れが濃い!」

ミナの叡智の精霊ロゴスが、視界に薄い解析回路を描く。アドラが肩口を反らし、火の甲殻を硬化させた。

「炎獄甲殻か……なら――」

ジークは短く息を吐き、踏み込みの重心を一段下げる。低い軌道。地を這う火花とともに斧が薙ぎ、甲殻の継目を抉り取った。

「ちっ、やるじゃない」

アドラが距離を跳ね、広場の石畳に炎紋を刻む。瞬時に火柱が四方から噴き上がり、二人を包囲する。

「ミナ、上へ!」

「了解!」

彼女は短詠唱で反重力陣を起動、足元に浮遊格子を展開して段差を作る。ジークはそのステップを踏み越え、火柱の輪を一気に跨いだ。二人の影が炎輪を割って躍る。拮抗。力と知恵が並び立つ。

2)氷の回廊/レオン & エリスティア vs 氷の使徒グレイシャ・モルド

運河沿いの回廊は一瞬で氷原へと変わっていた。水面が凍り、欄干に白霜が走る。グレイシャ・モルドが杖を掲げると、空気そのものが重く、鈍くなる。

極冠棺グラシアル・コフィン。動きも、息も、夢も凍てつけ」

「――させるものか!」

レオンの槍が鳴った。水の精霊アクア・レグルスの流れが穂先を包み、突きの軌跡が水紋となって氷面を割る。同時に足裏へ大地の精霊テラ・ドミヌスの圧が加わり、凍土に“根”が噛む。

「殿下、右三時、冷気の渦!」

エリスティアの矢が風紋を曳いて走り、渦の中心へ釘を打つ。その瞬間、回廊の氷が“たわみ”、水脈が顔を覗かせた。

「よし、流れを戻す――潮位制御タイド・コード!」

レオンが槍で地を突き、水を立たせる。波頭が氷面を洗い、凍結の膜を薄く剥がしていく。神樹の精霊シルヴァ・ユグドのさざめきが、根の蔓を欄干の隙間から伸ばし、氷の結び目をほどいていった。

「二重属性……厄介ね」

グレイシャが吐息とともに杖を振ると、空に淡い霧が立ち、霧の結晶が矢の軌道を撫でるように逸らした。エリスティアは微細な風向を読み替え、次矢をわずかに遅らせる――精密射撃の真骨頂だ。射るのではない、射る“場”を整える。それが彼女の矢。

「殿下、二手に裂きます。私は拘束を、殿下は流れの突破を」

「任せた。――ここは、私たちで押し返す」

二人は歩を合わせる。水と根が絡み、凍土に亀裂が走る。氷の帝は微笑を崩さない。拮抗。だが、少しずつ、回廊の“春”が戻り始めていた。

3)大通りの拠点/アルト & カイル vs 獣の使徒ガルド・バロス

獣王の咆哮が楼閣を震わせ、瓦屋根が崩れて瓦礫が雨のように落ちる。四腕の獣影が大通りを蹂躙し、群れの魔物を号令で押し出した。

獣王轟砕ビースト・クラッシュ!」

「ここを“拠点”にする!」

アルトが盾を掲げ、戦域展開。幾何学の光陣が路面に走り、瓦礫がせり上がって胸壁に変わる。半径三十メートル――即席の防衛円が立ち上がった。

「バフ重ねる。光律聖陣ライト・フォールド、回復線稼働!」

カイルの杖と聖典が同時に光を吐き、味方の動線に薄い“追い風”と再生の膜を敷く。風の精霊ヴェント・スピリトが速度を与え、氷狼ヴァルディア・フェンリルが足元を凍らせて獣群の突進を鈍らせた。

「前は俺が持つ!」

アルトが突進を受け止め、盾面に光の紋を走らせる。共鳴刃で刻んだラインが、接触のたびに衝撃を拡散し、反射する。ガルド・バロスが歯を剥き、四腕の一つで地を叩くと、地面から獣骨の槍が突き上がった。

「下からも来る、注意!」

「見えてる――風鎖エア・チェイン!」

カイルが空気の鎖で槍列を絡め取り、凍結で固定する。アルトは盾を一閃、凍った槍をまとめて叩き割った。拮抗。獣王の質量と、王子の拠点化が噛み合って、大通りは一本の“防波堤”になった。

《全隊、状況共有。三方向、互角。敵の本体からの瘴気圧は上昇傾向――油断なし》

エリスティアの念話が再び重なる。その声の奥で、神樹の葉擦れがささやく。ほんの一瞬、視界の端を黒い“塵”が流れた。斃れた雑兵がほどけ、細い糸となって城の中心へと消える。

「(本番は“倒した後”……だね)」

ミナが短く息を呑み、術式のページ端に遅延陣の印を折る。

「まだ倒すな、崩すだけでいい。――“決め時”は、必ず揃える」

「おうよ!」ジークの斧が唸り、火輪が割れる。

「潮目、戻す!」レオンの槍が水脈を引き込み、氷の檻がたわむ。

「ここは通さない!」アルトの盾が鳴り、カイルの祈りが光に変わる。

三隊、拮抗。押し、引き、削り、積む。勝利の形は、まだ遠い。だが――誰も退いていない。

《この城を、必ず春に戻す》

エリスティアの囁きに、各隊の胸の奥で火が静かに強くなった。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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