表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

437/471

城下潜入—初撃

月は薄雲に隠れ、ルナリアの王都は息を潜めていた。城下の石畳には、瘴気が流れに逆らうように滞り、路地の影は生き物のようにうごめく。遠く、玉座の方角からは一定の脈動――魔王領域の心拍が、地脈ごと町全体を歪めていた。

「……潮目、いま下がる」

レオンが掌を地に触れ、運河の水脈と地下水道の流れをつなぎ替える。水は音もなく街角を巡り、瘴気を薄める霧となって仲間たちの輪郭を隠した。

「神樹の根脈、ここを通っています」

エリスティアが目を伏せ、微かな風と芽吹きの気配を聴く。シルヴァ・ユグドが囁いた導きは、城下の“まだ穢れていない筋”を一本の道に描いた。

「よし、侵入ラインは三つに分ける」

アルトが短く告げ、黎剣セラフィードの盾面に光の印を描く。彼の【戦域展開】が描く円が、路地の三叉にふわりと浮かび、いざという時の退避と回復の拠点を指し示した。

「後方セーフハウス、ひとつ追加。ロゴス、同期開始」

ミナはアルキメイアの側面パネルをスライドし、紋章板に薄靄のような魔力を流し込む。叡智の精霊ロゴスが起動音を鳴らし、見えない結界糸が街角に張られていく。

「治癒回線、いつでも通せるよ」

カイルはルーメナスのページを一枚撫で、杖先に風のきらめきを灯す。足音を吸う風、傷を薄める風、そして冷を孕んだフェンリルの息吹が、仲間の背を静かに押した。

「――行こう」

アマネが頷き、リュシアと視線を合わせる。太陽と月の加護は互いの外套――暁衣と宵衣の裾に微かな光の縁を描き、二人の足取りを軽くした。

三隊は、音もなく城下へと溶けた。

先行は、レオンとエリスティア。運河沿いの大通りは凍てつく息を吐き、地面の霜が不規則に伸び縮みしている。

「……嫌な冷えだ。自然じゃない」

「北門方面に、広域凍結の核。近い」

霜が立った瞬間、白い柩が路地の奥から幾つも滑り出た。亀裂だらけの大地を、氷の指がなぞるように広がっていく。

「氷の使徒――グレイシャ・モルド」

エリスティアが弓を引く。矢は創られるその刹那から風を孕み、神樹の微光を帯びて、凍ての継ぎ目へと吸い込まれる。レオンは運河の潮位を上げ、氷面の下から水圧でひっくり返し、氷の陣形に綻びを作った。

氷の柩の蓋が割れ、蒼白い影が立ち上がる。

「寒きは停滞、停滞は死。動きを止めて、砕けてしまいなさい」

「動くさ。君の氷ごと、街の血流を解かしてね」

レオンの槍が立ち、アクア・レグルスの紋が水面に走る。氷の気配を“流れ”に戻すための第一撃。二人は同時に踏み込んだ。

中軍は、アルトとカイル。市壁の裂け目から獣の匂いが流れ込み、低い唸り声が石畳を震わせる。

「前方、獣群。中心に……いる」

カイルの風が濃淡を描き、吠え声の輪郭を地図に起こす。次の瞬間、獅子のような巨影が瓦礫を押し分け、角と牙を備えた“王”が姿を現した。

「ガルド・バロス。お前が通る道は、ここにはない!」

アルトはセラフィードを前に出し、【戦域展開】の光陣を重ねる。結界は単なる壁ではない。進路を狭め、踏み込みを鈍らせ、後退にも棘を置く“迷路”だ。

「ならば壊して進むだけよォ!」

獣の使徒の轟撃が降る。だが、結界の角に当たった衝撃は流され、足場は光の杭で補強される。その隙に、カイルの【律風結】が走り、脚の腱を掬うように獣群の進撃を削いだ。

「いい連携だ、アルト」「君の風があるから成り立つんだ」

二人は息を合わせ、拠点化した街角に獣群を釘付けにしていく。

右翼は、ジークとミナ。旧兵舎跡は黒焦げの匂いに満ち、壁面には熱で溶けた石が垂れている。遠くで火の弾ける音――そして、赤い残光が瓦礫の谷を舐めた。

「焔の使徒、アドラ・ヴェルマだな」

ジークがヴァルガルムを肩に担ぎ、くい、と首を回す。「突破口、作るぞ」

「任せて! ロゴス、解析プロファイルA。耐熱結界、可動式で三枚!」

ミナが結界パネルを展開し、足元に多重の六角陣を描く。アドラの炎輪が迫る直前、ジークは一歩で踏み込み、炎を“受け流す”角度で斧を振り上げた。結界の縁と斧の面で熱が割れ、炎獄の皮膜が裂ける。

「おおお――ッ!」

渦中に空隙が生まれ、ミナの【制御弾】がそこに落ちる。爆ぜるのではない、絡め取る弾。炎の層と層を縫い合わせ、流速を鈍らせる。

「いっけぇ、ヴァルガルム!」

ジークの炎纏いの一撃が、抉るように走った。

「状況共有、いける?」

アマネが通信水晶に囁く。『こっちは凍土の裂け目に杭を打ち込み中』(レオン)。『獣群の足を止めてる。戦域維持できる』(アルト)。『炎の輪に切れ目、できた! もう一押し!』(ミナ)。

リュシアが宵衣の裾を揺らし、短く息を整える。「二人は、城の中心へ。右腕と左腕は、きっとそちらに」

「うん。行ってくる。――みんな、お願い!」

暁衣が朝の気配を拾い、アマネの足元に光の板を継いでいく。リュシアは別の軸へ滑るように走り、月の静けさで瘴気のざわめきを鎮めた。

城都の空を、鈍い鐘音が裂いた。響きは一走り、境界線を引く。結界が反転するような、空間そのもののきしみ。

「禁域……? いや、まだ広がり切っていない」

リュシアが立ち止まり、ルミナリアを地に突く。光律の陣が地脈を抑え、上書きを遅らせる。

「歓迎の合図ってわけか」

アマネはアストレイドを半身に構え、影の濃い屋根の上を見遣る。ひゅう、と冷たい風。視線の先で、黒衣の剣士が一瞬だけ現れて、笑ったように消えた。

(……来る)

右腕“剣帝”と、左腕“術帝”。八影図が示した二つの核が、確かに城中枢で目を覚ました。

「各隊、そのまま対面を引き受けて。吸収される前に“同時”を目標に、削りの布石を」

ミナの声が澄んでいた。アルトは短く「了解」と返し、戦域の縁を厚くする。レオンは潮位を再調整し、氷の軸を崩す。ジークは斧を振り、ミナは遅延罠を路地の脇に噛ませていく。

アマネとリュシアは、それぞれ別の通りへ――互いの気配を背に感じながら、なお届かない距離で、前へ進んだ。

北門の氷霧は、レオンの波で裂けた。エリスティアの矢が霜の継ぎ目を断ち、グレイシャ・モルドの広域拘束を分解する。獣道ではアルトの光壁が獣の号令を砕き、カイルの風が傷を軽くしていく。旧兵舎前では、炎輪の間隙が広がり、ジークの一撃が赤黒い外殻を軋ませた。

「初撃、通った!」

ミナの声に、街のどこかで誰かが息を吐く音が重なった。たとえ微かな一歩でも、前へ出たのだ。

瘴気の心拍は、しかし――城の奥でわずかに速まった。

(待ってて。ここから――切り開く)

アマネは足を止めない。リュシアもまた、杖先に白い灯を灯し、術帝の気配へと向かっていった。

王都奪還の戦は、いま確かに始まった。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ