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前夜—それぞれの覚悟

ソレイユ王城・戦議の間。

星映水晶が静かに脈動し、光の面に“八つ”の影が浮かんでいる。

中央の巨大な渦――魔王アトラ・ザルク。その両脇に 右腕 と 左腕。さらに遠隔に五つの“灯”。八影はゆっくりと呼吸するように明滅し、見る者の鼓動までも同期させてしまう。水晶台の周りには八人と、王アルフォンス、王妃エリシアが立つ。

「……配置は確定。吸収の“波”に合わせ、同時討伐を狙う」

アルトが短く確認し、アマネと目を合わせる。

「私とリュシアは、“右腕、左腕”を抑える。皆は使徒を分断して、同時に落とそう」アマネ。

「ミナが遅延術式、エリスティアが神樹の結界で吸収効率を落とす。レオンとアルトが“地形”を味方につけるわ」リュシア。

レオンは頷き、槍の石突で床を軽く打つ。「潮を澄ませるのは私の役目だ。乱れは吸い上げて流れに戻す」

「足場は任せて。倒れない“根”を作る」アルトが盾に手を置く。

ミナは水晶の前に一歩出て、指をパチンと鳴らした。「よーし、時報結界は全隊同期済み。『開始』『切替』『総同時』の三段シグナル、誤差は最大で半拍」

「根脈の風が味方します。……聞こえます、神樹のざわめきが」エリスティアが目を伏せる。薄緑の燐が彼女の周りを巡った。

“八影”の図はすでに描かれた。後は、それぞれが自分の線を引きに行くだけだ。

(作戦割当/吸収遅延/同時討伐の要点は、前段の合議で明文化済みである。八対八の布陣、右腕・アマネ、左腕・リュシア、三ペアの役割分担――すべてが一本の道筋に収まっていた。)

アルフォンス王が皆を見渡し、重い扉へ視線を移す。「……頼む」

エリシアが微笑み、そっと言葉を置いた。「どうか 人としての心 を置き去りにしないで。帰る場所は、いつだってあなたたちの手で温められる」

夜の城は、戦いの前の静けさに包まれていた。

それぞれの“前夜”が、別々の場所で始まる。

――城楼のバルコニー。

アマネとアルトは肩を並べて夜風に当たっていた。

「怖い?」とアルトが訊く。

「……ちゃんと怖いよ」アマネは笑って、空を見上げる。「怖さを置いていったら、私じゃなくなるから」

アルトは息を吐き、正面からアマネを見る。「それでも、行くんだよな」

「うん。皆が“勝つ”には、ここで私が線を引かなきゃ」

「なら、俺は帰る場所を広げておく。王都も、皆の気持ちも――全部支える」

二人は短く抱き合い、手を離す。言葉は少ない。けれど、同じ鼓動が確かにあった。

――小礼拝堂。

リュシアは灯された燭台に掌をかざし、炎を静める。祈りの言葉を結ぶ彼女の隣で、カイルが祈聖書を閉じた。

「君の結界は僕が支える。どれほど反転されても、“元の形”を取り戻す」

「私が崩れかけたら、あなたが私を思い出させて」

「何度でも」カイルは照れたように笑う。「約束だ」

二人は指先だけを軽く触れ合わせた。夜の空気に、静かな誓いが沁みていく。

――工房の片隅。

ミナは作業台を片付け、アルキメイアを抱えて伸びをした。

「……よし。解析は完了、遅延術式も上出来。あとは“当てる”だけ」

入口にもたれていたジークが、口の端を上げる。「背中は任せろ。お前が道を開け、俺が叩き割る」

「言ったわね? じゃ、あの焔の使徒、二人で一撃 で落とそ」

「上等」

軽口の奥に、互いへの絶対の信頼がある。ミナは工具一式を肩に、ジークは大斧を背に、それぞれの準備へ散っていった。

――城下庭園。

レオンは槍を立て、目を閉じる。水脈の音が、土の深い呼吸が、聴こえる。

「……殿下」エリスティアが呼ぶ。

レオンは目を開けた。「立ち会ってくれるか」

「ええ。神樹の姫 としてではなく、一人の戦友として」

わずかに頬を紅潮させた彼女は、それでもまっすぐに言う。「必ず、戻ってきましょう」

「必ず」

ふたりは言葉を交わすよりも長く、視線を交わした。夜露の匂いが、胸の奥に静かに刻まれる。

深夜。

星映水晶の間では、最後のチェックが続いていた。ミナの“時報結界”は全隊に行き渡り、レオンとアルトが地図上の“堅地”と“流れ”を塗り替える。エリスティアは根脈を辿り、リュシアは反転対策の式を、アマネは太陽の拍動を――各々が持ち場の糸を、確かに結んでいく。

この夜が、明日に繋がる一本の綱となるように。

やがて、城の鐘が遠く一度だけ鳴った。

「……行こうか」アマネが小さく言い、皆の顔を順に見る。

「うん」「ああ」「任せて」「行きましょう」

返ってくる声は、どれもよく通っていた。

夜明け前。

薄青の風が城壁を撫で、旗を揺らす。神樹の気配が、ほんの一瞬だけ強く吹き抜けた――祝福のように。

レオンの槍に水の蒼が走り、アルトの盾に大地の紋が灯る。ミナの術式陣が淡く光り、エリスティアの弓弦に緑のさざめき。カイルの祈りが胸元に集まり、ジークの斧が火の息を漏らす。リュシアの杖には静かな月の輪、アマネの刀は極小の光を幾筋も宿していた。

「――皆で、帰る」

アルトの言葉に、誰もが頷く。

「皆で、笑うために」リュシア。

「皆で、切り拓くために」ミナ。

「皆で、守るために」レオン。

エリスティアは胸に手を当て、そっと付け加えた。「そして、人であるために」

アマネが一歩、朝の縁へ踏み出す。

「行こう。八つの影を、八つの光で切り分ける」

その瞬間、東が白む。

八人は振り返らない。

それぞれの道へ――だが、同じ“時”へ――歩み出した。

(最終布陣、各ペアの対面、同時討伐の段取りは既定どおり。前夜の覚悟 は、図面を現実に変えるための最後の鍵となった。)


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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