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八影図(やかげず)

ソレイユ王城・戦議の間。

石卓の中央に据えられた星映水晶が淡く脈動し、壁面の戦況図が微かに震えていた。外はまだ復興の槌音が続くが、ここにいるのは限られた面々だけ――アマネ、リュシア、アルト、レオン、カイル、ジーク、ミナ、エリスティア。そして王アルフォンス、王妃エリシア。扉は重く閉ざされ、結界で密談が守られる。

「……やるわ」

ミナが前に出る。掌には、辺境で討ち落とした魔将が遺した黒い“眼晶”(がんしょう)。ひび割れた結晶の瞳孔が、なおもかすかに闇を滲ませている。

「この“目”は本来、向こうからこちらを覗くためのもの。でもロゴスと一緒なら、逆にたどれる。闇の視神経を逆走して、“巣”と“枝”を浮かび上がらせる」

「ただの追跡では足りません」リュシアが頷く。「月相を合わせ、ノイズを落とす必要があるわ。私があいを取る」

「太陽のはくは私が刻む。脈を揃えれば、影が震える」アマネの声は静かだった。

エリスティアが一歩、星映水晶の傍に移る。

「神樹の根脈ルートラインで、世界の“流れ”に耳を澄ませます」

彼女の背に薄緑の燐光が立ちのぼる。シルヴァ・ユグドの気配が室内に広がり、石卓の下を走る見えない根が、遠い森々へと繋がっていく感覚が生まれた。

レオンは長槍を立て、静かに目を閉じる。柄に宿った水の気配が、城内の結界と調和を取る。

「流れを整える。過度な波は私が吸い上げ、澄ませよう」

隣でアルトが盾に手を添える。床がわずかに落ち着き、地の揺らぎが鎮まった。

「基礎は任せて。根を踏み外さないように」

(レオンは前話で水と大地の精霊契約を結んだばかりだ。彼の“水”が乱流を取り去り、“大地”が座標を定めることで、観測は格段に安定する。 )

ミナが深呼吸し、眼晶を星映水晶の前に掲げた。

「ロゴス、いくよ――“逆視バックトレース”起動」

低く、透明な音が部屋の空気を通り抜けた。黒い瞳が反転し、闇の糸が幾筋も伸びる。リュシアが月の相でノイズを削ぎ、アマネが太陽の拍で一定のリズムを打つ。エリスティアは神樹の根へと意識を投げ、レオンの水が揺れを洗い、アルトの大地が座標を固定する。

――星映水晶の面に、最初の“点”が灯る。

ひとつ。

黒く、重い。周囲の闇を吸う井戸のような巨大な点。位置はルナリア王城――魔王。

ふたつめ。

最初の点の側に、ほとばしる獣のような影――“腕”。

みっつめ。

凍てつく圧の塊――もう一方の“腕”。

そこから、細い糸が四方にのび――

「……四つ」ミナが数える。

黒いともしびが、遠隔の各地で瞬きながら脈動する。最初の三つよりわずかに小さいが、それでも常人が触れれば即死の毒火のような密度だ。

「合計……八」

アルトの声に、静かな息の音が重なる。誰も歓声を上げない。これが勝利の数ではなく、対処すべき“影”の総数だと、全員が理解していた。

「確かか?」ジークが低く問う。

「確度は高いです」ミナは即答した。「眼晶の神経を逆走する方式(ロゴスの術式)に、神樹の根脈と太陽・月の同期、さらに水と大地で座標安定を掛け合わせた。別系統の観測を重ねて同じ“八”が出ている」

リュシアが水晶面のゆらぎを撫でる。「大きな三つは中心コアに繋がっている。右腕、左腕、そして魔王本体。残り五は“供給—指令—拠点”の三層を兼ねる使徒……そんな位相」

カイルが書板に手早く写し、結界式の余白に印を打つ。「脈動周期からして、一定間隔で“吸い上げ”が起きている。四天王の残滓は、すでに核へ還流中……」

「吸収が進むほど、あいつは強くなる」アマネが呟く。「じゃあ、これはタイマーでもあるってことだね」

エリシアが目を細める。「間隔は?」

「今の観測でおよそ一刻に小さな波、半日に大きな波です」カイルが答えた。「大波の直後は周辺の影が薄くなり、核が深く沈む。大波の“直前”こそ狙い目です」

八影やかげ」エリスティアが静かに名を与える。「影が八つ。……いえ、**八つに“見せている”**のかもしれません。ですが、今はこの数を前提に動くべきです」

レオンが星映水晶の地図に指を滑らせた。

「位置はここ――魔王はルナリア城。両腕はその近傍で護衛と補給の結節点。五使徒は、二つが世界樹縁辺、ひとつが旧教都、残り二つが瘴気の濃い峡谷と、海路の拠点だ」

アルトが頷く。「結界と民の避難ルートを優先して、“分断—拘束—同時討伐”の順で設計しよう。八影のうち、腕と使徒を同日に落とし切るのが理想だ」

ジークが口角を上げる。「同時に八つ叩くってか。上等だな」

アマネは息を吸い、リュシアを見る。

「私たちは、腕をそれぞれ一本ずつ引き受ける。……ソレイユでみんなが“勝てる”ことは証明した。だから、分けよう」

「賛成」リュシアの声はまっすぐだった。「でも、同時性は絶対に守る。こちらが先に倒せば、その分だけ核が肥える。逆もまた然り」

ミナが顔を上げる。「同時起動用の時報結界、作るよ。ロゴスが全隊の結界に同期パルスを配布して、誤差を最小にする。合図は三段階――“腕切り開始”“使徒切り替え”“総同時斬り”」

「水と大地で、各戦域の地形を馴染ませよう」レオンが続ける。「流れと足場は私とアルトが整える。味方の踏み出す一歩を、必ず堅くする」

カイルが書板に最後の印を打った。「そして“吸収の大波直前”に合わせて開戦。取り込みの瞬間は、奴の門が開く。そこを逆用して、封じ――切断する」

沈黙が落ちた。

星映水晶に浮かぶ“八影”は、なおも脈動を続ける。黒の鼓動が、遠く、しかし確かに響いていた。

「……数が見えた」アマネが小さく笑った。「なら、勝ち筋も見える」

「ええ」リュシアの瞳に光が宿る。「知らぬ闇より、捉えた影の方が怖くない」

エリスティアが星映水晶に掌を添え、祈るように囁く。

「神樹よ。どうか、私たちの分かたれた光を、もう一度ひとつに」

その祈りに呼応するように、室内の精霊たちが微かに震え、戦議の間に新しい風が通り抜けた。

「――決まりだ」

レオンが顔を上げる。その声音は、国を預かる者としての静かな断を含んでいた。

「八影を、同時に落とす。人の手で、闇を切り分ける」

アルトが盾を掲げる。「皆で、帰ろう」

ミナが笑う。「うん。“全員で”ね」

ジークが拳を鳴らす。「燃えてきた」

カイルが深く頷く。「準備、始めよう」

エリシアはそっと目を閉じ、短く祈りを添えた。アルフォンス王が席を立ち、重い扉に手をかける。

星映水晶の八つの影は、確かにそこにあった。

だが同時に――八つの光も、ここに揃っていた。

――戦いの図面が、いま引かれた。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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