宿る誠実
ソレイユの城下を抜け、丘陵の道をしばらく歩くと、やがて鍛冶師ブリューナと水晶細工師ファエリアの工房が見えてきた。瓦屋根の小さな建物は、戦乱をくぐり抜けたにもかかわらず凛として佇んでいる。外壁に掛けられた工具や磨かれた水晶片が夕陽を反射し、どこか神聖な雰囲気すら漂わせていた。
「お師匠さーん!」ミナが駆け足で扉を開ける。
奥から現れたのは、たくましい腕をしたブリューナと、銀髪を三つ編みにしたファエリアだった。二人は驚いたように目を見開き、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「おやまあ……無事に戻ってきたのね」
「ほんとうに……良かった」
アマネとリュシア、エリスティアも深く頭を下げる。工房に差し込む夕暮れの光の中、戦場から持ち帰った疲労も一瞬やわらぐようだった。
◇
「それで……今日は、どんな用かしら?」
ブリューナの問いに、ミナはぎゅっと拳を握りしめた。
「外套のことなんです!」
彼女はアマネとリュシアが纏っていた外套を机に広げた。布は清浄な輝きを帯び、焼け焦げや破れひとつ残っていない。対照的に、二人の戦闘服は既に修繕が必要なほど傷んでいる。
「衣は焦げても、外套だけは無傷でした。あれほどの炎と影に晒されても……です。絶対に、この布に秘密があるはずなんです!」
熱を帯びた声に、アマネとリュシアもうなずいた。エリスティアも真剣なまなざしで外套を見つめている。
「だからお願いです。お二人なら、何かわかるはず。私は最強の防具を作りたい! 皆を守れるような、決して砕けない防具を!」
◇
ブリューナは重々しく顎に手を当て、しばらく沈黙した。ファエリアは布に指先をかざし、目を閉じて光を読むように息を潜めた。
やがて、二人は同時に目を開ける。
「……確かにこの布には、太陽と月の加護が織り込まれているわ」
ファエリアの声は澄んでいた。「けれど、それだけではない。人の願い、守ろうとする心。それらが重なり合って、今の姿を保っている」
「つまり」ブリューナが続ける。「ただの素材じゃ作れんってことだ。太陽と月の加護を編み込むには、“特別な素材”が必要になる」
ミナが身を乗り出す。「特別な素材……!?」
「そうだ。だが覚えておけ」ブリューナの視線は鋭い。「その素材は、ただ拾えば手に入るような代物じゃない。力で奪うこともできん」
ファエリアが静かに告げた。「応えるのは、素直で誠実な心にだけ。心の光を映し取って、初めて布は姿を現すの」
◇
ミナは唇を結んだ。力や技ではなく、心。どれほど工房で鍛えても、答えはそこにしかない。師匠たちの言葉は、厳しくも優しく胸に響いた。
「……なら、なおさら行かなきゃ」ミナの声は震えていたが、瞳は強い光を宿していた。「誠実に、正直に向き合えば……きっと応えてくれる」
アマネがにっこり笑う。「うん、私も行く。誠実さなら、みんなだって負けてないよ」
「心のままに挑めば、必ず掴めるはずです」リュシアが頷く。
エリスティアも胸に手を当て、小さく笑みを浮かべた。「……皆で力を合わせましょう」
四人の言葉に、ブリューナとファエリアは視線を交わし、静かに微笑んだ。
「ならば、試練に挑む資格は十分だ」
「お前たちの誠実さが、本物かどうか……素材が応えてくれるはずよ」
◇
工房の窓から差し込む夕暮れの光が、外套の布を照らし出した。その輝きは、まるで次なる旅路を示す灯火のようだった。
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