深淵に呑まれる影
アマネの決意をあざ笑うかのように、ネビロスの影はさらに濃く、重く、世界を覆い尽くしていった。大地は黒に沈み、森の木々は影に飲まれて虚ろな残骸へと変わる。まるで世界そのものが、アマネを拒絶しているかのようだった。
「はっ……はぁっ……!」
継星刀を振るうたびに光は走る。だが、その一閃すらも影に絡め取られ、勢いを殺される。腕に、脚に、幾筋もの黒い傷が刻まれ、灼けるような痛みが走った。影は血肉を求め、じわじわと生命力を吸い上げていく。
「どうした、勇者。光を掲げると豪語したはずだろう?」
ネビロスの声が、深淵の底から響く。幾千の影が口を開き、同じ嘲りを繰り返した。
「お前の光など……ただの餌にすぎぬ」
「くっ……まだ……負けない!」
アマネは必死に抗う。だが、影は意思を持つように彼女を翻弄する。頭上からの矢、足元をすくう鎖、背後から迫る刃。いくら斬り払っても、次の瞬間には倍以上の闇が押し寄せてきた。
視界が揺れる。汗と血が混ざり、呼吸が荒い。刀を握る指先に力が入らず、膝が思わず地をついた。
「アルト……リュシア……皆……」
心で名を呼ぶ。だがその声は、影のざわめきにかき消される。孤独。絶望。自らが光を掲げることで、逆に闇を広げてしまうのではないか——そんな不安が胸を締め付けた。
「私は……皆を守れるはずなのに……!」
叫びは震え、喉を焦がす熱と混ざって途切れる。影の刃が頬をかすめ、赤い線を刻んだ。その痛みさえ、彼女には遠く感じられた。
「そうだ……その顔だ。希望を掲げ、絶望に沈む……それこそが至高の愉悦よ!」
ネビロスの嗤い声が轟き、闇は津波のように押し寄せてきた。無数の刃と化した影がアマネの身体を切り裂き、肩口に鋭い痛みが走る。鮮血が弧を描いて散り、衣は裂け、布切れが燃え落ちるように宙を舞った。衝撃で視界が跳ね、膝が地を打ちかける。全身を貫く激痛に呼吸が乱れ、胸が締め上げられる。闇の圧は骨の髄まで食い込み、意識の奥をも侵食しようとしていた。
◇
その刹那、胸の奥で小さな光が瞬いた。アルトの声、仲間の笑顔。ソレイユで戦う皆の姿。それらはまだ、確かに彼女の中にある。だが今は、それを掴む余力さえ残されていない。
「……っ、まだ……負けられないのに……!」
握る剣先が震え、地に影が這い寄る。闇と光の均衡が、今まさに崩れ落ちようとしていた。
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