影を断つ太陽
漆黒の帳が広がる森の奥、影そのものが蠢く空間にアマネは立っていた。足元から伸びる黒い靄が幾重にも絡みつき、まるで彼女を呑み込もうとするかのようだった。
「……ここが、お前の領域か」
低く呟いたアマネの視線の先、闇を裂くように現れたのは四天王の一角、ネビロスだった。仮面のような顔に不気味な笑みを浮かべ、無数の影を従えて歩み出る。その存在は、夜の深淵そのものを形にしたかのようだった。
「勇者よ……迷いはないのか? お前の影を抉り出し、同じ闇へと還してやろう」
声と同時に、アマネの周囲に無数の幻影が立ち現れた。仲間たちの姿、戦場で倒れ伏す未来像。ジークの斧が折れ、カイルが血を吐き、ミナが倒れ、リュシアが炎に呑まれる幻。そして——アルトが膝をつき、彼女に手を伸ばしながらも闇に呑まれる幻影。
「やめてっ……!」
思わず声を上げたアマネに、ネビロスの影が絡みつく。心の隙間に入り込み、恐怖と疑念を掻き立てる。影の幻影が彼女を取り囲み、声を揃えて嘲った。
『お前が守れなかった』『お前のせいだ』『勇者とは名ばかりだ』
アマネの拳が震える。胸の奥に、過去の後悔がよみがえる。戦えなかった日、助けられなかった命。影はそれを形にして、彼女を縛ろうとした。
◇
だが、その時——胸元に宿る月の加護が熱を帯びた。淡い輝きが広がり、心の奥底にリュシアの声が響く。
『私は一人じゃない。必ず隣にある光がある!』
リュシアの存在。その光が、闇に飲まれかけた心を照らす。アマネは目を見開き、強く拳を握った。
「……そうだ。私は一人じゃない。仲間がいて、リュシアがいて……皆を守るために私は立ってる!」
影の幻影がざわめく。だが今度は怯えたように揺らいだ。アマネの身体から放たれた黄金の光が、影を切り裂いていく。
「ネビロス! お前の幻影なんかに、私は惑わされない!」
◇
継星刀を抜いた瞬間、黄金の輝きが刀身を包み込む。まるで太陽そのものを映したかのような光。アマネは踏み込み、迫り来る影の群れを一閃した。
『流星斬——ッ!』
放たれた剣閃は夜空を裂く流星のごとく、影を一掃する。幻影は悲鳴を上げながら霧散し、ネビロスの周囲を覆っていた闇の帳が揺らいだ。
「……ほう、やるな。だが影は尽きぬ。光がある限り、影は生まれる!」
ネビロスの体が分裂し、無数の分身が影から湧き出す。どれが本体かも分からぬ幻影の軍勢が、一斉にアマネへ襲いかかった。
◇
アマネは深呼吸し、目を閉じた。剣を握る手に、仲間の声を思い出す。アルトの真っ直ぐな信頼。ジークの豪胆な笑い。カイルの静かな励まし。ミナの支える強さ。そして、リュシアの微笑み。
「……全部が私を支えてくれている。だから私は、太陽の加護を纏って——影を断つ!」
次の瞬間、アマネの身体から光の奔流が溢れ出した。夜空を裂き、影の群勢を照らす黄金の太陽。彼女の背後に、幻の太陽の翼が広がった。
継星刀が光を放ち、アマネは無数の影へ飛び込む。剣閃が閃き、光が爆ぜ、影の分身たちが次々と消え去っていく。その一閃一閃に、仲間を想う力が宿っていた。
◇
ネビロスの本体が姿を現す。狂気に満ちた声で叫んだ。
「勇者よ! 光が影を呼ぶのだ! お前が輝くほど、影は無限に生まれる!」
アマネは力強く剣を掲げ、言い返した。
「ならば——何度でも斬り払う! それが私の戦いだよ!」
黄金の閃光が闇を切り裂き、戦場は再び光と影のぶつかり合いに呑まれていった。アマネとネビロスの決戦、その幕が切って落とされたのであった。
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