太陽と月の双竜
荒野を覆う灼熱は、もはや大地そのものが地獄と化したかのようだった。赤黒い炎が天を焦がし、空気は灼熱の刃となってリュシアの肺を苛む。ザガンの狂笑が轟き渡り、炎の奔流が四方から押し寄せる。
「燃えろ! 聖女よ! お前の結界も、魂すらも、炎の糧となれ!」
リュシアは膝をつきかけながらも杖を握りしめ、必死に結界を張り直す。しかし押し寄せる炎は狂気そのもの。結界は軋み、砕ける寸前にまで追い込まれていた。全身を焦がす熱に、意識が朦朧としかける。それでも、彼女の瞳は決して屈しなかった。
「……倒す。必ず……皆を、守るためにも!」
その声はかすれながらも揺るぎなく、夜空を突き抜ける強さを帯びていた。
◇
ザガンは狂気の咆哮を上げ、炎をさらに膨張させる。地平線の果てまで炎の波が広がり、荒野をまるごと呑み込もうとしていた。リュシアの月光結界がきしみを上げ、ついに一部が破られる。灼熱の槍が結界を貫き、彼女の肩をかすめた。
「ぐっ……!」
痛みに顔を歪めつつも、リュシアは杖を握る手を強く固めた。瞳を閉じ、仲間たちの姿を心に描く。アマネの真っ直ぐな笑顔。エリスティアの強い意志。最愛の思い人のカイル存在、そしてアルト、ジークやミナ——皆が信じている。この戦場で倒れるわけにはいかない。守るべきものがある。その思いが、月光をさらに強く輝かせた。
「……私は一人じゃない。太陽が……アマネが、必ず隣にある!」
その瞬間だった。遠く離れたはずの空から、熱と光が呼応するように降り注ぐ。太陽のような黄金の輝きが夜空に紋章を描き、リュシアの月光結界と重なり合った。日輪と月影、二つの光が交わり、空に巨大な円環が浮かび上がる。
「な、何だと……!?」
ザガンの瞳が驚愕に見開かれる。その円環から、二つの龍が姿を現した。片や白銀の光を纏う月影竜、片や黄金の炎を纏う日輪竜。二体は空を舞い、咆哮と共にザガンの炎を呑み込みながら戦場に降り立った。
「太陽と……月の竜……!」リュシアの瞳に涙がにじむ。それは絶望を塗り替える希望の光だった。
◇
「愚か者が! 竜など幻影に過ぎぬ!」
ザガンは炎を暴発させ、両腕から灼熱の奔流を叩きつける。しかし、双竜は怯むことなく咆哮し、その光で炎を喰らい尽くしていく。黄金の炎はザガンの紅蓮を押し返し、白銀の光は狂気の炎を凍てつかせて砕いた。
「ば、馬鹿な……我が炎が……!」
怯んだザガンに、リュシアは杖を掲げた。月光と日輪の光が彼女の身体を包み、髪を靡かせ、瞳に揺るぎない力を宿す。
「ザガン……あなたの狂気は、もう止める!」
巨大な魔法陣が空に浮かび、双竜の光がその紋章に吸い込まれていく。リュシアは深く息を吸い、詠唱を開始した。
「黎明を告げる光よ……太陽と月に宿りし調和の力よ……」
ザガンは炎を纏いながら吠える。「やれるものならやってみろ! この炎にお前ごと焼き尽くされるがいい!」
しかしリュシアは揺らがなかった。最後の詠唱を終え、杖を高らかに掲げる。
「——黎明衝破・双竜終唱!」
◇
日輪竜と月影竜が一斉に咆哮を上げ、リュシアの杖から放たれる光に重なる。黄金と白銀の奔流が螺旋を描き、ザガンの炎を押し返しながらその巨体を包み込んだ。灼熱の大地が震え、空を覆う炎が光に呑まれて消えていく。
「ぐ、あああああああああああっ!!!」
ザガンの咆哮が荒野に響き渡る。炎の巨体が崩れ落ち、影の残滓となって霧散していく。最後に残った瞳の狂気すら、光に呑まれて消えた。
◇
静寂が訪れる。荒野を覆っていた炎は消え、夜空には日輪と月影の残光だけが漂っていた。リュシアは杖を支えに膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。それでも彼女の瞳は強く輝いていた。
「……終わった……ザガンは、消えた……」
しかしその安堵の直後、空に漂う影がざわめき始めた。黒い残滓が絡み合い、天へと昇っていく。その行き先は一つ。魔王の元だった。
「……やはり、魔王へ……」リュシアは唇を噛む。だが、恐れはなかった。アマネの太陽の加護が隣にあり、仲間たちが待つ地がある。必ず帰還しなければならない理由が、そこにある。
彼女は静かに呟いた。「……アマネ、後は任せたわ」
荒野の風が吹き抜け、月光と日輪の残光が彼女を優しく包んだ。
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