不穏の兆し
試練の森を進む学園生たちの足取りは、最初こそ軽快だった。
だが二日目の昼には、空気が変わり始めていた。
「……数が、多い」
ジークが斧を振り下ろし、飛びかかってきた獣を叩き伏せる。
血飛沫が枝葉に散り、森の匂いが鉄に濁った。
「本来、こんなに魔物は出ないはずだ」
カイルが地図を確認し、眉を寄せる。
「記録では、小型獣が一、二匹程度……。今のは中級に近い」
「疲れる前に次々くるって、効率悪すぎ!」
ミナが小型爆薬を投げつける。火花が散り、獣が断末魔を上げて倒れた。
「……俺が前に出る」
アルトが剣を抜き、残りの魔物を斬り伏せた。
確かに剣筋は鋭い。仲間は一息つける。
だが、その息継ぎの陰でアルトは苦く思う。
(俺が……前に立たなきゃ。勇者候補として皆を守らねば――)
その決意が強まるほどに、胸の奥のざらつきも広がっていく。
(でも、これは偶然か? 魔物が多すぎる……まるで、誰かが意図して放っているような)
一方、別ルートを進むラインハルト班。
「ハァッ、ハッ!」
剣を振るう彼の動きは荒く、木々を裂き、魔物を血飛沫に変えていく。
「ラインハルト様、落ち着いて……!」
取り巻きのエミールが叫ぶ。
「黙れッ!」
怒声が森に響き、剣閃は標的を逸れて幹を真っ二つに砕いた。
木屑が降り注ぐ中、バルツが青ざめる。
「な、何か……様子がおかしい……」
ラインハルトの瞳は赤黒く濁り、焦燥と高揚に揺らめいていた。
(アルトばかりが称えられる……! 勇者候補と呼ばれるのは俺ではなく……!
なぜだ、俺の方が……俺の方こそ……!)
剣を握る手が震える。
それは恐怖ではなく、力に酔い暴れ出す衝動だった。
「もっとだ……! 魔物を寄越せ! 俺こそが英雄だ……!」
その声はもはや、自分に言い聞かせる叫びだった。
一方その頃。
アマネは風で足元を整え、光で仲間を癒しながら、班を支えていた。
「……アマネ、やっぱり安定してる」
リュシアが小さく呟く。
「え?」振り返ったアマネに、リュシアは慌てて目を逸らした。
「な、なんでもありません」
横でアルトが剣を強く握り直す。
(俺は……? アマネのように皆を安定させることはできない。
勇者候補として結果を出すしかないんだ)
気づけば、歩みは仲間よりも前に出すぎていた。
「アルト、焦るな。俺たちがいる」
ジークが肩を叩く。
「……わかってる」
そう答えながらも、アルトの視線は前だけを睨んでいた。
その背を見つめながら、アマネは胸の奥に小さな不安を抱く。
(アルト様……背負いすぎている気がする)
夜。野営の焚き火の炎が森を照らす。
「また……?」ミナが顔をしかめる。
「……おかしい。魔物の数が明らかに多すぎる」カイルの声は硬い。
次の瞬間――空気を震わせる魔力の波動が、森を揺らした。
アマネとリュシアが同時に振り返る。
「今の……魔力……」
「人のもの……?」
焚き火が大きく揺れた。
遠く、森の向こう――赤黒い光に燃える影。
ラインハルトの班の方角だった。
緊張が一段上がります。不定期・毎日目標で続けます。




