二つの道、二つの戦場
◇
夜空を切り裂くように、暁衣と宵衣を纏った二つの影が飛翔していた。アマネとリュシア。互いに視線を交わし、短く言葉を交わす。
「リュシア、太陽の加護を……」
「アマネ、月の守りを……」
刹那、二人の間に淡い光の糸が交わり、加護が重なり合う。その光は太陽と月が一瞬だけ並び立つ奇跡のように眩しく輝いた。だが次の瞬間、漆黒の霧と灼熱の炎が戦場を二分し、二人は否応なく別の方向へと引き裂かれていった。
「ここから先は……それぞれの戦いだ!」アマネが叫び、リュシアが力強く頷く。
◇
影の深淵が広がる森の裂け目。その中央に立つのは四天王ネビロス・ヴェイル。黒衣のような影がその身体を覆い、仮面めいた顔は笑みを浮かべていた。周囲の闇は生き物のように蠢き、低く囁く声が無数に重なって聞こえてくる。
「ほう……お前が勇者の代行か。光を掲げる者ほど、影に呑まれやすい」
「……あいにく、私は光だけじゃない。仲間と、この世界と共に歩む者だ!」
アマネの継星刀が光を帯び、星々の煌めきを纏う。対するネビロスの手からは闇が滴り落ち、無数の影が地を這い、木々の隙間から分身が現れる。その姿はアルト、リュシア、ジーク、ミナ、カイル、エリスティア——アマネにとって大切な仲間たち。だがその瞳は濁った闇に覆われ、口元には嘲笑が浮かんでいた。
「……幻影で心を折るつもりか!」
「幻影? 違う。これはお前自身の心に巣くう影……恐れ、後悔、願望。お前が否定できぬ限り、消えることはない」
アマネは一瞬息を呑むが、すぐに剣を構え直す。その瞳には強い決意が宿っていた。「私を惑わせようとしても無駄だ。仲間は私の背を押してくれる存在……偽物で揺らぐことはない!」
星光の剣が閃き、影の分身を裂いていく。しかし裂かれた影はすぐに再生し、アマネの足を絡め取ろうと這い寄る。周囲の闇は深く、森そのものが影の檻と化していく。
「さあ……お前が影に溺れるまで、踊れ!」
ネビロスの声は重なり合う囁きとなり、アマネの心を揺さぶろうとする。だが、勇者の瞳は決して曇らなかった。仲間を守りたい、その一心で剣を振るう。幻影の刃と己の迷いを断ち切るように、振るう一撃は光の雨となって闇を裂いた。
◇
一方その頃。火山帯のように荒れ果てた大地を進むリュシアの前に、狂気の炎が天を突き破るように立ち上った。そこにいたのは、四天王ザガン・ルシフェル。赤黒い炎を全身に纏い、その瞳は狂乱の光を宿していた。
「来たか……聖女よ! お前の結界も、この業火で焼き尽くす!」
「……ならば、試してみなさい。私の炎と氷が、あなたを止める!」
継杖が輝き、紅蓮と蒼氷が同時に噴き出した。炎と氷が相反しながらも調和し、リュシアの周囲に攻防一体の結界を展開する。迫り来る灼熱を押し返すが、ザガンの狂気は止まらない。
「燃えろ! 燃えろ! この大地も空も……お前の魂までも!」
その叫びと共に、地面が裂け、炎の柱が次々と噴き上がる。空気そのものが焼かれ、息をするだけで肺が焦げつくような熱気が荒野を覆った。
「その狂気……私が鎮める!」
リュシアの声は毅然としていた。氷と炎を重ね合わせ、巨大な魔法陣を展開。氷刃と炎槍が同時に放たれ、ザガンの炎の奔流と正面から激突する。轟音と閃光が荒野を覆い、大地は深く抉れた。汗が額を伝うが、彼女の瞳は決して逸れなかった。
「ふはははは! いいぞ! もっとだ! その力を燃やし尽くせ!」
ザガンは歓喜の咆哮を上げ、炎をさらに膨張させていく。その炎は狂気そのもの。しかし、リュシアは一歩も退かず、静かに杖を構え直した。彼女の周囲には氷の華が咲き、炎と対を成す冷気が迸る。熱と冷気の衝突が大地を震わせ、戦場を異界のように変貌させた。
◇
二人は助け合える距離にはいなかった。互いに届かぬ戦場に立ちながらも、心は一つ。太陽と月が交わした誓いの光が、彼らを支えていた。
アマネは影の囁きを断ち切り、リュシアは炎の狂気を押し返す。戦場の轟音の中、二人の声なき誓いが重なった。
「必ず勝って帰る……!」
夜空の下、太陽と月の光がそれぞれの戦場を照らし、二つの決戦が幕を開けた。
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