初めての誓い
轟く咆哮と魔力の閃光、その狭間に短く開く静けさがある。アマネはその隙へ滑り込み、アルトを見つけた。盾を構えた横顔は、いつもより少しだけ強く、少しだけ心細そうに見えた。
「アルト」
振り向いた瞳に、アマネの姿が映る。暁衣の金の縁が揺れて、彼は小さく息を呑んだ。
「……似合ってる」
「でしょ?」アマネは笑って、彼の手をそっと取る。「力、貸して。あなたの手の温度を、今の私に刻みたい」
「任せて」アルトの指が、彼女の指を包む。震えはない。けれど、目尻ににじむ不安は隠せなかった。
「大丈夫。帰ってくる。あなたが守ってくれる場所へ、必ず」
言葉より早く、唇が触れた。刹那、戦場の喧噪が遠のく。金属の匂いも、焦げた風も、何もかもが薄れていく。ただ一つ、アルトの鼓動だけが、暁衣の内側で強く響いた。
離れると、アルトは照れたように笑った。「……僕はここを守る。君が戻るまで、絶対に」
「知ってる」アマネは頷き、彼の額に指先で小さな輪を描いた。「守りの加護、置いていくね」
◇
リュシアは治癒所の外れで、カイルを見つけた。彼は負傷兵の手当てを終え、額の汗を拭っていたところだった。宵衣の蒼銀が月のように揺れ、彼の呼吸が一瞬止まる。
「……綺麗だ」
「あなたが見てくれるなら、私はどこまでも綺麗でいられるわ」リュシアは冗談めかして言い、すぐに小さく首を振る。「ねえ、あなたの風を、少し分けて」
カイルは微笑み、彼女の手を取り胸元へ導く。「いつでも。僕の風は、君のために吹く」
二人の額が触れ合い、そっと目が閉じられる。呼吸が一つになって、短い口づけが落ちた。宵衣の裾がふわりと持ち上がり、見えない気流が彼女の足元を撫でる。
「帰ってきて」カイルが囁く。「その間、僕はここを癒やし続ける。君が迷わないように」
「必ず」リュシアは頷き、彼の胸元へ小さな結界を編み込む。「私も置いていくわ。あなたが倒れないように」
◇
少し離れた場所で、ミナがジークの脇腹を肘でつついた。「ね、ね、今の見た?」
「見ねえふりしとく」ジークはぶっきらぼうに笑い、斧の柄を肩に担ぐ。「戻るための口づけだ。縁起がいい」
エリスティアは矢を番えながら、二組の背を目で追う。胸の痛みはまだ消えない。けれど、今ははっきりと分かる——この街は、大丈夫だ、と。彼女が弓を僅かに下げると、レオンが遠巻きに視線を外した。二人の時間を守るために。
◇
アマネとリュシアは、ほぼ同時に顔を上げた。暁衣と宵衣が、夜明けと宵闇のようにたなびく。
「行こう」
「ええ」
二人が歩み出すたび、外套の縁に宿る光が微かに跳ねる。仲間の視線が背に集まる。祝福と、託す想いと、ただの「頑張れ」が混ざった温度で。
やがて二人は、王城前へと向き直る。許可を請うべき相手は一人。ソレイユの指揮を預かる者として、そして何より、仲間の覚悟を受け止める者として。
——レオンの前に立つ影が、暁と宵に揺れた。
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