学園の門、仲間の声
城壁は、山みたいに高かった。
門前に並ぶ馬車と人、人、人。色も匂いも音も、庵とは桁が違う。胸が跳ねる。怖いけど、目が離せない。
「ここから先は、あなた自身でね」
セレスさんが、小さな革の手帳を渡してくれる。中には丁寧な字で段取りが書かれていた。
城門、受付、書類、寮――順に踏んでいけば大丈夫。奥には小紙片が封じられている。
「昨日、あなたは“行きたい”と自分の言葉で言ったわ。今日はその言葉を、足で確かめる日よ」
「……はい」
声が少し震えたけど、ちゃんと答えられた。セレスさんは肩に手を置き、微笑んで去っていった。
私は手帳を握りしめ、門をくぐる。見慣れない匂いに圧倒されながら、青い線の地図を目で追った。
やがて、学園の白い石造りの門が見えた。金の飾りが朝の光を跳ね返す。
――眩しい。
足が止まりかけたその時、聞こえた。
「ねえ見て。泥のブーツで来てる」
「紹介状? 誰のツテ? 農奴かしら」
笑い声。金糸縁の制服を着た子たち。
その中心には――ラインハルト。侯爵家の嫡子で、鋭い眼差しが人を射抜く。
周りには、取り巻きのエリオットやマルク、カタリナ。
声を返せずにいる私の背を、軽い声が突いた。
「ねえ、君たち。新入生の必修に“庶民いじり”なんてあったっけ?」
振り返ると、短い髪にゴーグルを載せた女の子。腰の工具が鳴っている。
「……誰だ」エリオットが睨む。
「天才」彼女は当然の顔。「ミナ・カストレード。発明する人。で、そっちは?」
貴族たちがたじろぐ。ラインハルトは目を細め、鼻で笑ったが、それ以上は言わずに去った。
ミナは私の袖をつまみ、ぐいと引いた。
「ほら、行こう。受付はあっち」
「あ、ありがとう。私は……アマネ」
「よしアマネ、初仕事。列はどっちが早いと思う?」
戸惑う私をよそに、ミナは人の流れを観察して、右列を指した。
「窓口の手の速さと紙束の厚さを見れば分かる。効率は正義」
列は驚くほど早く進み、書類も無事に通った。採寸、教本――すべて終える頃には、体の奥がじんわり温かかった。
「寮はこっち。私は工房へ行くけど、困ったらこれ」
ミナは金具のついた留め具を渡してきた。
「私の印。合言葉は“効率は正義”。」
「ふふ……分かった。ありがとう」
「礼なんていらないって。仲間ってのは、助け合うもんでしょ?」
仲間。その言葉が、胸に響いた。庵以外で、初めての響き。
私は寮務室の扉を叩いた。
眼鏡をかけた寮母が、柔らかく迎えてくれる。
「新入生ね。名前は?」
「アマネです。その……この名を」
手帳の奥の紙片を差し出す。寮母は目を見開いた。
「まあ……紹介は“あの方”からなのね」
「あの方?」
「詳しくはいずれ分かるわ。鍵と部屋札、受け取って」
硬い鍵の重みが手に残る。
遠くから工房の金槌の音、近くから噴水の水音。
私は鍵を握りしめ、心に誓った。
――ここから始める。庵の言葉を胸に。仲間を落とさずに。
読了感謝!本日は連続更新です(このあと第4話を投稿)。
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