男子風呂の語らい
庵の奥にある浴場は、木造りの梁が高く組まれた大浴場だった。夜の冷え込みとは対照的に、白い湯気が立ち込め、檜の香りが漂っている。広々とした湯船には、レオン、アルト、ジーク、カイル、そしてルシアンの姿があった。女子会の賑やかな笑い声が廊下の奥から微かに響く中、こちらは静かで落ち着いた空気に包まれていた。
「……ふぅ。やっぱりでっかい湯は格別だな」ジークが肩まで浸かり、豪快に息を吐いた。
「まったくだ」アルトも目を閉じ、温かな湯に体を沈める。その隣でカイルは背筋を伸ばし、少し緊張した様子で湯に浸かっている。
ルシアンは湯の縁に背を預け、静かに仲間たちを見渡していた。その眼差しは戦士としてだけでなく、一人の父としての温もりを含んでいた。
◇
沈黙を破ったのはレオンだった。窓の外の月光を見つめ、低く呟く。「……エリスティアを見ていると、胸が熱くなる」
アルトは驚いたように兄を見た。レオンは続ける。「王族としての務めも、民を導く責務もある。だが、彼女を守りたい気持ちは……私情だ。許されざるものかもしれない」
その真剣な告白に、アルトは力強く答えた。「いいじゃないですか。それが人としての想いです。兄上から感情を聞くのは、幼い頃以来ですよ……嬉しいです」
レオンの目が揺れた。弟の真っ直ぐな言葉に、胸の奥が温かくなる。「アルト……そうか。私は人の子であることを、忘れてはならないのだな」
◇
「おいおい、王族だって恋ぐらいしていいだろ」ジークがにやりと笑った。「……俺とミナなんて、もうほとんど一緒に暮らしてるようなもんだ」
「ほう」ルシアンが意味深に笑うと、ジークは顔を真っ赤にした。「べ、別に深い意味じゃねえ! ただ、気づいたら隣にいるってだけだ!」
「隣にいる、それで十分だ」カイルが小さく呟くが、自分の言葉に耳まで赤くなる。「リュシアには……いや、その……。彼女が笑うだけで、胸が温かくなるんです。フェンリルと共鳴して、強くなりたいと思ったのも……彼女がいたから」
その言葉にジークが爆笑し、アルトも吹き出した。「な、何がおかしいんですか!」と抗議するカイルだったが、表情は柔らかかった。
◇
「……で、アルトはどうなんだ?」ジークが矛先を向ける。
「えっ、俺……?」アルトはルシアンをちらりと見た。だがやがて小さく笑みを浮かべる。「アマネの全部が……仕草も、言葉も、戦う姿も。愛おしいんです。何より、彼女の真っすぐさに、人として強く惹かれています」
「アマネはいつも中心にいますからね」カイルが頷く。「何度救われたか分かりません」
「だな」ジークも同意する。
その言葉に、ルシアンの胸は静かに熱を帯びた。仲間からの信頼と、息子のように育ったアルトの告白。父として誇らしさが込み上げる。「アルト……お前がそう言ってくれるなら安心だ。……アマネを任せてもいいかもしれん。だが、決めるのはアマネ自身だ」
「ルシアンさん……!」アルトの胸に熱いものが込み上げ、父と子の距離が近づくのを感じた。
◇
やがて、湯気の中でルシアンが全員を見渡した。「いいか。魔王の時代が来る。それは人類にとって過酷な戦いになるだろう」
男たちの表情が引き締まる。だがルシアンの声は優しかった。「だが——人としての心を捨てるな。恋をし、仲間を想い、笑うことを忘れぬ者こそ、闇に呑まれない。お前たちがそうであることを、私は何より嬉しく思う」
その言葉は重くも温かく、若き戦士たちの胸に深く刻まれた。
◇
風呂を出る直前、レオンは小さく呟いた。「……やっぱり、私は彼女を守りたい」
それを聞いたのはルシアンだけだった。彼は静かに目を細め、意味深に微笑む。
こうして男たちの夜は更けていく。翌朝、女子は酔いの余韻を、男子はルシアンの言葉を胸に、それぞれの想いを抱えて新たな一日を迎えるのだった。
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