実践演習—芽吹く影
朝靄に包まれた学園広場は、ざわめきと緊張に満ちていた。
昨日の模擬演習は影狼の襲撃で中断。今日から仕切り直しの「実践演習」が始まる。
石畳の中央に立つのは、騎士教官バルド・クラウス。
鋼の声が空気を震わせ、生徒たちの背筋を一斉に伸ばさせる。
「課題は二つ――“隊列を組んだ進軍”と“討伐対象の殲滅”。二日間をかけて森を抜け、目標地点の陣へ到達せよ。その過程で遭遇する魔物を討伐するのだ」
ざわめきが広がる。
「弱めの魔物」と伝えられていたが、昨日の中型魔物の影がまだ脳裏を離れない。
だが視線は結局、一人に集まっていた。
アルト・ソレイユ――勇者候補の名に、期待はいやが上にも高まる。
「……注目がすごいですね」
横でカイルが淡々と告げる。
「殿下が“影狼を討った”と広まってますから」
アルトは小さく息を吐いた。
皆の力で掴んだ勝利だ。だが評価は自分にだけ注がれている。
その違和感を抱えながらも、歩みを止めることはできない。
「俺たちもやってやろうぜ!」
ジークが斧を担いで先頭に立つ。
「効率よく進もう! 食糧も計算済みだからね!」
ミナはご機嫌にゴーグルを直す。
「……賑やかすぎる」
リュシアが小さくため息を漏らすが、足並みは仲間と揃えていた。
森の入り口。三班はそれぞれ別の進路へ。
アルト班とジーク班は隣り合う道を進み、順調に討伐をこなしていた。
「殿下、やはり指揮がお上手です!」
「さすが勇者候補!」
次々と飛ぶ称賛。
アルトは微笑みで応じながらも、胸の奥にまた“ざらり”とした感覚を抱く。
一方、森の北方。
第三班を率いるラインハルト・グランツは苔むした木を乱暴に蹴りつけていた。
「……ふざけるな。なぜ俺が“偵察”など!」
与えられた役割は地味で、成果も目に見えにくい。
それ以上に、昨日の“英雄譚”がアルトだけのものになっていることが許せなかった。
「ら、ラインハルト殿下……戻ったほうが」
取り巻きの一人が恐る恐る声をかける。
「黙れ!」
怒声が森に響く。
「俺は……俺こそが英雄になる!」
その瞬間、胸の奥で疼いたものが応えるように、指先に黒い紋様が浮かんだ。
昨夜、宰相ヴァレンティスから渡された“力”。
言葉の意味も理屈も分からない。だが――熱のように残っている。
「……来い」
低い呟きと同時に、森の奥から獣の咆哮が轟いた。
現れたのは、本来この演習区域には出現しないはずの魔物。
牙を剥き、涎を垂らし、空気そのものを濁らせる異形。
「な、なんだこれ……!」
取り巻きの少年たちは蒼白になる。
だがラインハルトは口元を歪め、震える声で呟いた。
「これが……俺の力だ」
その瞳には、野心と同時に消せぬ恐怖が滲んでいた。
制御しているのか、それとも飲み込まれているのか――。
その境界線を、彼自身すら理解していなかった。
実戦フェーズ突入。連続更新で駆け抜けます。ブクマ&感想ぜひ。




