表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

387/471

神樹の姫

庵の奥、神樹の芽を安置した間に静寂が満ちていた。仲間たちの精霊の儀が次々と終わり、残されたのはただ一人――エリスティア。

芽は淡い翠光を放ち、彼女の存在に応えるように揺らめいた。その光は、彼女の背にあるアウロラを照らし出し、長い年月を超えて受け継がれた血脈と使命を呼び覚ます。

「……私、なのですね」

小さく息を吸い、彼女は前に進み出た。緊張を悟らせまいと背筋を伸ばすが、その指先は微かに震えていた。仲間たちの視線が温かく寄り添う中、エリスティアは神樹の芽の前に跪いた。

意識は光に導かれ、神秘の空間へと移る。そこには一本の大樹――世界樹そのものの幻影が、天へ届かんばかりの姿を見せていた。枝葉は風にそよぎ、緑と光の旋律が大気を満たしていた。

「……これは」

エリスティアは精霊弓アウロラを抱きしめるように両腕で抱き、思わず膝を折った。胸の奥で何かが呼応する。声ではなく、意志そのものが彼女の内に流れ込んでくる。

――エリスティア。汝は我が血を継ぎし者。今ここに、我が姫として立つ時が来た。

その声は、彼女一人にではなかった。庵に集う仲間、ルナリア女王のフローラ、セレスと呼ばれるエリシア、さらにはルシアンやカグヤ、皆の耳と心へ同時に響き渡った。

「……姫、だと……?」

ジークが低く呻き、ミナが「すご……これって、全員に聞こえてるんだよね!?」と瞳を丸くする。カイルは静かに祈るように目を伏せ、アマネとアルトは言葉を失ってエリスティアを見守った。

エリスティアの唇が震える。「わ、私が……神樹の姫……? そんな、大それた……」

だが神樹の声は揺るがなかった。

――幾千の時を越えて、我はこの瞬間を待っていた。世界を繋ぐ者よ、我が加護と共に歩む姫よ。

重々しい沈黙の中、最初に言葉を発したのはフローラだった。女王の衣を纏うその姿は凛としながらも、瞳には温かな光を宿していた。

「神樹が姫と呼んだ。ならばルナリアの王家も、その選びを支えるのが役目。エリスティア……あなたは、国と精霊を繋ぐ存在。どうか迷わず、その名を受け止めて」

続いてエリシアが静かに微笑む。

「……神樹自身が呼んだのなら、それは必然。私たち人の世を繋ぐ者として、この瞬間に立ち会えたことを、誇りに思うわ」

二人の言葉は、重責を与えるのではなく、背を押す優しさだった。

エリスティアは胸に手を当てた。鼓動が早鐘のように打ち続ける。戸惑いと畏れ、しかし同時に、不思議な安らぎが心を満たしていく。

(……神樹が、私を姫と呼んだ。私は……選ばれたの?)

顔を上げた時、その視線の先に立っていたのは王太子レオンだった。彼は静かに歩み寄り、真っ直ぐに彼女を見つめる。

「……姫と呼ばれようとも、君は君だ。エリスティア。肩書きに縛られる必要はない。俺は、君自身を支えたい」

一瞬、胸が強く脈打った。だがそれは恋と呼ぶにはあまりに淡く、まだ輪郭を持たない感情だった。ただ確かに、レオンの言葉が彼女の震えを静めていく。

「レオン……ありがとう。私は……皆と共に歩むために、この名を受け止める」

そう言った瞬間、神樹の光が再び強く脈動した。庵の壁を震わせ、仲間たちの頬を撫でる風となる。

――神樹の姫よ。汝の名はシルヴァ・ユグド。我と共に、この世を護れ。

精霊弓アウロラが眩い輝きを放ち、エリスティアの背に広がる幻影が木々の枝葉のように揺らめいた。仲間たちは思わず息を呑む。

「……綺麗だ」

カイルがぽつりと呟き、ミナは手を叩いて「エリスティア! もう立派な姫様だよ!」と無邪気に笑う。ジークは「これで背負うもんが増えたな……だが、俺たちが支える」と頼もしく肩を叩いた。

アマネとアルトも同時に頷く。「君は一人じゃない」「俺たち全員で、この未来を護る」

その言葉に、エリスティアの瞳が熱を帯びた。

「……ありがとう。私、皆と共に……姫として、弓を掲げる」

庵を満たす光はやがて収まり、しかしその余韻は心に深く刻まれた。

こうして、神樹の姫――エリスティアが誕生した。

その夜。焚き火を囲む仲間たちの間で、静かに語られる声があった。

「……これから、もっと大きな戦いが来るだろう」アルトが言えば、リュシアは頷く。「でも、神樹が姫を選んだ。それは希望の証よ」

火の粉が夜空へと舞い、まるで新たな物語の始まりを祝福するかのようだった。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ