カイルの精霊の儀
神樹の芽がふわりと揺れ、今度は清らかな風のような光を放った。その流れはカイルを優しく包み込み、彼の胸へと吸い込まれていく。仲間たちは静かに見守り、カイルは祈聖書を胸に抱いて目を閉じた。
「……僕の番なんだね」
穏やかな声の奥には、固い決意があった。
◇
視界が変わり、カイルは一面の草原に立っていた。風が絶え間なく吹き抜け、遠くに聖堂の尖塔が輝いている。大地と空とが調和したその空間は、癒しと祝福の気配に満ちていた。
やがて、風に溶けるように声が響く。
――癒しを求める者よ。その力をどう使う。
カイルは手を胸に当て、静かに答えた。
「ただ傷を癒すだけじゃない。癒したその先にある未来を、皆と共に築くために使う」
風が大きくうねり、光の柱となって彼を取り囲む。声は優しくも力強く応えた。
――ならば、名を与えよ。我はお前と共に吹き抜けよう。
カイルは微笑み、祈りの言葉のように名を告げた。
「風の精霊よ。僕が呼ぶ名は――『ヴェント・スピリト』!」
その瞬間、光の風が聖書と杖を包み、文字と紋様が浮かび上がった。柔らかな風の力がカイルの全身を巡り、癒しと加護が新たな形で結ばれていく。
◇
現実へ戻ったカイルの背には、透明な風の翼の幻影が広がっていた。仲間たちが感嘆の声を上げる中、低く重い足音が響く。
振り向くと、そこには氷狼フェンリル――《ヴァルディア》の姿があった。かつてカイルとリュシアに救われた白銀の獣は、静かに彼の傍らに歩み寄る。冷たい風と共に放たれる気配は、風の精霊の加護と重なり合い、氷の力を呼び覚ましていった。
「……ヴァルディア」
カイルが名を呼ぶと、ヴァルディアに神樹の光が降り、その名に芯が通る。その呼び名は真名となり、氷の精霊としてカイルの魂に刻まれた。
氷狼は低く喉を鳴らし、彼の足元に寄り添った。その瞬間、風と氷、二重の力がカイルを包み込む。仲間たちは驚きの表情を隠せなかった。
「二つの精霊と……」アマネが息を呑む。
「カイルだからこそね」リュシアが静かに微笑む。「癒しと猛き力、その両方を受け入れられる」
ジークは豪快に笑った。「やっぱやるなぁ! 頼もしい神官様だぜ」
ミナも目を輝かせ、「これでカイルの出番がますます増えちゃうね!」と声を弾ませた。
エリスティアは感慨深げに頷く。「未来を守るための力……あなたにふさわしいです」
カイルは仲間を見渡し、祈聖書と杖を高く掲げた。その瞳は澄み切っていた。
「僕は癒しと守りの風を携え、ヴァルディアと共に歩む。皆の未来を繋ぐために」
風が庵を吹き抜け、氷のきらめきが一瞬舞った。二つの精霊を宿したその姿は、仲間たちに新たな安心と誇りを与えた。
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