芽吹きの共鳴
庵に満ちていた沈黙は、先ほどの誓いを胸に刻んだ余韻だった。篝火が小さく爆ぜる音さえ、ひどく大きく響く。誰もが口を閉ざし、神樹の芽の輝きを見つめていた。
その時だった。
掌に収まるほどの小さな芽が、かすかな脈動を刻むように淡い光を放ち始めた。
白とも翠ともつかぬ輝きは、生き物の呼吸のように強弱を繰り返す。
静かな庵の空気が、確かに変わった。
「……これは……」
リュシアが杖を抱き直し、目を細めた。
アマネもまた、胸の奥に小さな熱を感じていた。
それは恐怖ではなく、何か大きなものが呼びかけている確信。
◇
最初に応じたのは、庵の床に身を横たえていた白狐カグヤだった。
その体毛がふわりと逆立ち、白光が一斉に弾ける。
月光を閉じ込めたような輝きが尾から滴り、芽の光と溶け合っていく。
「……カグヤ……」
アマネが思わず声を漏らす。
白狐は静かに瞳を閉じ、芽に歩み寄った。
その姿はまるで月そのものが地に降り立ったかのようで、仲間たちは息を呑む。
次の瞬間、庵の外で風が鳴った。
氷の粒を含んだ風が吹き込み、篝火が揺れる。
その風の中から、巨大な影が現れた。
銀灰の毛並みを揺らし、蒼の瞳を輝かせた狼――《聖獣ヴァルディア》。
かつてリュシアとカイルに救われたその聖獣が、芽に導かれるように姿を現したのだ。
「……ヴァルディア……」
カイルの胸に、あの日の温もりがよみがえる。
狼は低く喉を鳴らし、カグヤの隣に並んだ。
月光と氷霧――二つの守護が、芽を挟んで響き合う。
◇
芽の光はさらに強くなった。
白と蒼の光が溶け合い、庵の中を大河のように流れていく。
それは言葉ではない。けれど確かに理解できる――「選ばれし者たちに力を示す」という意志。
波紋は仲間たちの胸奥へと届いた。
リュシアは目を閉じ、闇の中に月の光を感じた。
アマネの瞳には、流星の閃きが瞬いた。
アルトは胸に守護の盾を抱くような感覚を覚え、
ジークには炎の唸りが、
カイルには風と氷の調べが、
ミナには理と術の囁きが届いた。
エリスティアには、森そのものの深い息吹が重なっていた。
一人ひとりが違う気配を感じ取りながらも、それは確かにひとつの源から広がるものであった。
神樹の芽――精霊の根源。
◇
「……始まる」
ルシアンの低い声が、庵の空気を震わせた。
「これは試練であり、祝福だ。お前たちの内に眠る絆が、精霊を呼び覚ます」
芽が宙に浮き、光の環が仲間全員を包み込む。
眩しさに目を閉じた瞬間、胸の奥で確かに何かが囁いた。
――ここからが本当の始まりだ。
光は脈打ち、庵の天井を突き抜けて夜空へ昇っていく。
月と星とが呼応し、世界そのものが彼らを照らし出す。
仲間たちは互いの顔を見た。
恐れはない。あるのはただ、確かな覚悟。
そして――精霊の儀が始まる。
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