届けられた希望
森を抜ける道は、もはや道と呼べぬほど荒れていた。
腐敗の瘴気に覆われ、踏みしめる土はぬかるみ、根を持ち上げた木々が行く手を阻む。だが、三人の守り人は止まらなかった。
セラは《神樹の芽》を胸に抱き、汗に濡れた額を拭いもせずに走り続ける。
アーシェは剣を杖代わりにしながらも必死に先導し、ドルフは最後尾で背中を預ける二人を守りながら斧を振るい続けた。
「っ、はぁ……はぁ……! もう限界……!」
セラの声が震えた瞬間、ドルフが彼女の肩を支える。
「立て、セラ。ここで止まれば……すべてが終わる」
「……っ!」彼女は唇を噛みしめ、再び前へと足を踏み出した。
だが、その時。
森全体を震わせるような咆哮が轟いた。
木々の枝が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
現れたのは先程までの狼型の魔獣とは異なる、異形の巨躯。四つ足で大地を踏みしめるたび、地面が揺れた。
その背は瘴気に覆われ、肉体はただれ、眼窩の奥で赤い光が蠢いていた。
「上位の魔獣……!」
アーシェが青ざめる。
「……瘴気を糧に膨れ上がった獣だ」
ドルフの声は低かったが、確かな恐怖を含んでいた。
逃げ場はない。
セラは震える手で弓を構えたが、狙いを定める前に獣の咆哮が圧となって襲いかかる。耳が割れそうな衝撃に、彼女は膝をつきかけた。
「……くっ!」
だがその瞬間、空から風が走った。鋭い刃のような突風が魔獣の進路を逸らし、三人の前にひとつの影が舞い降りた。
「遅れてごめん!」
声を張り上げたのは、風を纏った少女――エリスティアだった。
彼女の背後からはアマネ、アルト、リュシア、ジーク、カイル、そしてミナが駆け込んでくる。
「あなたたちが……守り人ね!」アマネが叫ぶ。
セラは瞳を潤ませ、胸の器を掲げた。「お願い……これを……!」
アマネの瞳がその中の光に吸い込まれた瞬間、仲間たちは全てを理解した。
「……《神樹の芽》」リュシアが息を呑む。
「やはり……伝承は真実だったのね」エリスティアの声は震えていた。
◇
巨獣が再び咆哮し、腐敗の霧を吐き出す。
アマネは刀を抜き放ち、流星のような光を刀身に宿す。
「アルト! 前を任せるね!」
「応!」アルトが盾を構え、霧を打ち払う。
その隙にジークの斧が振り下ろされ、大地を割る一撃で獣の足を止めた。
「動きは止まった、今だ!」
「了解!」ミナが銃口を構え、魔力を込めた弾丸を撃ち込む。閃光とともに獣の片目が砕け、悲鳴が森を揺らした。
「リュシア!」アマネの声に応え、リュシアが杖を掲げる。
炎と氷が同時に迸り、二重の魔法陣が空に広がった。
「紅蓮氷華――!」
火焔と氷結の花弁が嵐のように舞い、獣の体を焼き裂き凍てつかせる。
そこへエリスティアの風が重なり、花弁を刃と化して吹き飛ばした。
轟音と共に巨獣は倒れ伏した。瘴気が弾け、闇の靄が空へ散っていく。
その中心に、残されたのは黒ずんだ心核――腐敗した魔石だけだった。
アマネは刀を収め、息を整えた。「……ふぅ……間に合ったね」
◇
戦いの後。守り人の三人は傷だらけで膝をついた。
セラは涙を流しながら、《神樹の芽》をアマネへと差し出す。
「どうか……私たちの代わりに……この芽を、守り抜いてください」
アマネは両手でその器を受け取り、静かに頷いた。
「必ず……。あなたたちが命をかけて守ったもの、私たちが未来へ繋ぐ」
リュシアも杖を握り、真剣な眼差しで加えた。
「これは女王様、そしてこの世界すべてのためのもの。必ず守るわ」
仲間全員がそれぞれに頷いた。
ジークは大斧を肩に担ぎ、低く笑う。「よし……なら俺たちの出番だな」
カイルは風をまとい、「女王と森を繋ぐために、僕たちで必ず」
ミナはアルキメイアを抱き、「ふふん、これで私の出番がもっと増えちゃうよ!」とおどける。
セラたち守り人の瞳に光が戻る。
「ありがとう……あなたたちなら……託せる」
◇
その夜、仲間たちは森の奥の小さな焚き火を囲んだ。
《神樹の芽》はアマネの隣で穏やかに脈動を続け、その光は皆の顔を柔らかく照らしていた。
エリスティアは炎を見つめながら、低く呟いた。
「……世界樹は、もう待てない。明日、女王様のもとへ急ぎましょう」
仲間たちは静かに頷いた。
その決意の輪の中心に、小さな芽が灯りのように輝いていた。
それは――確かに未来を繋ぐ希望そのものだった。
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