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芽を運ぶ希望

森の奥深く、まだ傷跡の生々しい世界樹の根元。焦げた幹の裂け目から、淡い緑光が脈動のように洩れ出していた。

その前に、白髪の長老を筆頭とした守り人たちが静かに集っていた。老いた指先に抱えられているのは、小さな水晶の器。その内部には、緑の雫のように輝く《神樹の芽》が脈動を刻んでいた。

「……この命こそが、世界の未来を繋ぐ鍵」

長老の声は震えていたが、言葉には揺るぎなき決意があった。

「芽はここには置けぬ。魔王軍が森に迫るのは時間の問題だ。芽を隠し、遠くへ――女王フローラ様、そしてエリスティア殿のもとへ届けよ」

選ばれたのは三人の守り人。

快活な青年アーシェ、弓を背負った女性セラ、そして無口な大男ドルフ。彼らはそれぞれ、長老の言葉を胸に刻み込むように頷いた。

「必ず……届けます」セラは矢筒を握りしめた。「この命に代えても」

長老はその手を握り返すと、静かに笑った。「生きて帰れ。それが芽を守る最善だ」

森の外れに向かう道は、昼なお薄暗く、湿った霧が足元にまとわりついていた。

アーシェが先頭に立ち、セラが中程で芽を抱え、ドルフが殿を務める。

普段なら鳥のさえずりや風のざわめきがあるはずだが、今日は異様な静けさに包まれていた。

「……魔獣の気配が濃いな」アーシェが低く呟く。

ドルフが無言で頷き、背負った大斧を構える。セラは抱える器を胸に引き寄せ、歩調を早めた。

やがて、前方の茂みから腐臭が漂い始めた。腐った葉ではない。血と硫黄を混ぜ合わせたような、息を詰まらせる臭気。

「来る……!」

セラの声と同時に、茂みを突き破って黒ずんだ狼型の魔獣が飛び出してきた。目は血のように赤く、牙からは涎が滴っていた。

アーシェが咄嗟に剣を抜き、斬り払う。鋼が閃き、魔獣の体毛を裂いたが、その傷口からはどろりとした闇色の液体が溢れ、すぐに塞がった。

「自己再生……!? 厄介だ!」

彼の声に、セラが矢を番えて放つ。矢羽は緑の魔力をまとい、正確に魔獣の目を射抜いた。ようやく獣は痙攣して崩れ落ちる。だが、次の瞬間には別の茂みがざわめいた。

一体ではない。二体、三体……いや、もっと。

森のあちこちから唸り声が重なり、赤い光点が無数に浮かび上がった。

「囲まれてる!」

セラが顔を青ざめさせる。アーシェは舌打ちしながら剣を構え直した。

「……やはり奴ら、何かを探しているな」

ドルフの低い声が響いた。巨躯の彼は冷静に斧を振り上げる。

「だが“芽”のことは知らぬ。ただの森の掃討だ。ならば――突破あるのみだ!」

三人は背を合わせるようにして陣を組んだ。アーシェの剣閃が闇を裂き、ドルフの斧が地を震わせる。セラの矢が次々と飛び、迫る魔獣を貫いた。

だが、数は減らない。倒しても倒しても、腐敗の瘴気を纏った影が次々に湧き出てくる。

汗が頬を伝う。芽を抱くセラは必死に腕を締め、胸の奥で祈った。

(……どうか、無事に……この芽だけは……!)

その頃、遠く離れたバロルの拠点。

四天王の一角たる男は、禍々しい大釜の前に立ち、目を閉じていた。

釜の中から立ち昇る黒煙が渦を巻き、遠くの森の光景をかすかに映し出す。

彼の唇がにやりと歪む。

「ふむ……瘴気はよく広がっている。だが……何かが、あるな」

その眼は細まり、暗い光を宿した。

「精霊の根源を探れ。古き伝承に語られる大樹――もしそれが真ならば、力の源泉となろう」

彼の声は冷たく響いた。しかしまだ、“神樹の芽”という存在までは気づいていない。

ただ命令を受けた魔獣たちが森を荒らし、結果的に芽を運ぶ守り人たちを追い詰めているに過ぎなかった。

「はぁっ!」

アーシェの剣が最後の一体を切り伏せる。だが彼の腕は震え、肩で息をしていた。

セラの矢筒も残りわずか、ドルフの斧には獣血がべったりと付着している。

三人は互いに視線を交わした。まだ先は長い。ソレイユまで、この森を抜けねばならない。

「ここで倒れるわけには……いかない」セラが呟く。

彼女の胸に抱かれた水晶の中で、《神樹の芽》は小さく脈動を放っていた。その光は、不思議と温かく、三人の疲弊した心にわずかな勇気を与えていた。

アーシェは剣を握り直し、ドルフは黙って前に立つ。

「進もう。夜は長い……だが、必ず辿り着く」

三人は傷だらけの体を引きずりながら、闇の森をさらに奥へと進んでいった。

彼らの背に――世界の未来を託された、たったひとつの《芽》を守りながら。


お読みいただきありがとうございます。いけるところまで連続投稿!(不定期ですが毎日目標)。

面白かったらブクマ&感想で応援いただけると嬉しいです。


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