バロルの巡回
黒雲を裂くように、巨躯が歩みを進めていた。大地を踏みしめるたび、土が呻き、地脈がざわめく。四天王の一人――大地を揺るがすバロル・グラウス。彼は仲間との会議を終えると、ただ一人で辺境へと姿を現した。
「精霊の根源……古き大樹か。ならば、この鼻で嗅ぎ分けてやろう」
低く唸りながら、バロルは腐敗の瘴気を撒き散らしつつ森を進む。周囲の木々はその一歩ごとに枯れ果て、黒い灰と化して崩れ落ちていく。だが、その腐敗を拒むように、森の奥から澄んだ風が吹き抜けた。
「……抵抗するか。なるほど、ここか」
彼の目に映ったのは、鬱蒼と茂る森。その中央には、見えぬほど高くそびえ立つ気配――世界を支える柱のような魔力の奔流。バロルの瞳に暗い光が宿る。「これが古の伝承に語られる大樹……世界樹か」
◇
森の守り人たちは、その異変をいち早く察知していた。精霊と心を通わせる彼らの耳に、木々の悲鳴が突き刺さる。
「……何者かが迫っている!」
「地が腐っていく……あれは魔族だ!」
彼らが武器を構えた瞬間、森を震わせる咆哮が轟いた。バロルが片腕を振り下ろすと、地面が裂け、黒き兵の群れが湧き上がる。腐敗に侵された獣、骨と肉を繋ぎ合わせた異形の軍勢が森へとなだれ込む。
「蹂躙せよ。大地の悲鳴をもっと聞かせろ」
◇
戦いは苛烈を極めた。守り人たちは精霊術を駆使して木々を操り、矢を放ち、結界を張った。風が渦を巻き、火が盾となり、森そのものが槍となって侵入者を弾き返す。
だが、バロルは揺るがなかった。大地を踏み鳴らすたび、結界はひび割れ、矢は軌道を逸らされる。圧倒的な存在感が、守り人たちの心を削っていく。
「小手調べとしては十分だろう……」
バロルの口から漏れた低い笑い声。その手が振り下ろされると、腐敗の波が森を飲み込んだ。多くの守り人が倒れ、残された者たちも後退を余儀なくされる。
それでも彼らは必死に踏みとどまり、世界樹の幹へは一歩も進ませなかった。精霊の加護が最後の壁となり、侵攻を阻んでいたのだ。
◇
「……なるほど。確かにここにあるな。精霊の根源が」
戦場を見下ろしながら、バロルは満足げに呟いた。腕を組み、背を向ける。その足跡は腐敗を刻みつけながらも、徐々に森の外へと遠ざかっていく。
「魔王様に報告せねばなるまい。次は蹂躙ではなく、奪い取るために」
その背を見送る守り人たちの目には、恐怖と決意が混じっていた。彼らは知っていた。これは始まりに過ぎない、と。次に来るのは、世界そのものを揺るがす戦いだと。
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