影を視る眼
炎と腐敗の霧が消えた辺境の村には、静けさが戻っていた。だがその静けさは安堵よりも、燃え残る匂いと痛みの余韻を強く漂わせていた。
「……助かった……本当に……ありがとう……!」
崩れかけた家から救い出された親子が、涙ながらにアマネたちへ頭を下げる。その光景に、胸の奥に熱いものが込み上げた。ジークは大斧を肩に担ぎ、気恥ずかしそうに鼻をかいた。「礼なら全員に言えよ。俺だけじゃねぇ」
ミナはまだ震える手で《アルキメイア》を見下ろしていた。先ほどの射撃は不安定で、弾道も荒れていた。それでも仲間の隙を作ることに繋がったと、リュシアが柔らかく微笑んで肩を叩いた。「あなたの一撃があったから、決められたのよ」
「……私、役に立てたんだ……」
ミナの目に小さな涙が滲む。その背を、カイルが聖典を閉じながら支えた。「君は立派だった。誇っていい」
◇
しかし、空気の底には重苦しい影があった。アマネは燃え落ちた畑の跡を見渡し、拳を握りしめる。「……これから、もっと襲撃が増えるかもしれない」
「そうね」エリスティアが矢筒を抱きしめるようにして呟いた。「あの腐敗の霧……ただの魔物とは違った。もっと大きな力が背後にいる」
その時、リュシアが焼け跡に何かが光るのを見つけた。彼女は慎重に杖先でかき分け、黒ずんだ土の中から小さな結晶を拾い上げた。球状のその中心には、まるで眼球のような虹彩模様が浮かんでいる。
「……これ、まさか……」
ジークが眉をひそめる。「気味が悪ぃな。魔物の残滓か?」
「ただの残滓じゃない」カイルが低く言った。聖典を広げ、光を当てる。だが光はすぐに結晶に吸い込まれ、濁った色に変わっていった。「……これは“眼”だ。外のどこかに繋がる」
◇
遠く離れた暗き玉座の間。四つの影が結晶を通して村の光景を垣間見ていた。四天王――バロル、ザガン、モラクス、そしてネビロス。
「ほう……ヴァルゴスが倒れたか」バロルが巨躯を揺らして低く笑う。「小手調べにしては骨が折れたらしい」
ザガンの紅い瞳がぎらつく。「腐敗の霧を切り裂いたあの力……ただの人間ではない」
モラクスは冷ややかに息を吐いた。「妙だな。この戦場……見慣れぬ精霊の気配があった。しかも複数だ」
「精霊……?」ネビロスの口元が歪む。「辺境の小村に、そのような存在が潜んでいたとは。背後に“何か”がある」
バロルの目が細まり、暗い光を宿す。「精霊の根源を探れ。古き伝承に語られる大樹――もしそれが真ならば、力の源泉となろう」
四人の視線が交錯し、ひとつの方向へと収束する。――世界樹。まだその存在を確信しているわけではない。だが、精霊の力を辿れば、いずれ行き着く場所があると直感していた。
「いずれにせよ、好機だ」バロルが低く唸る。「人間どもを蹂躙するだけではなく、その裏を暴く」
◇
村に戻る。アマネたちは結晶を前に、互いに重い視線を交わした。
「これが残したものなら、敵に私たちの戦力を測られたかもしれない」リュシアの声に緊張が走る。
「でも、怖がって立ち止まるわけにはいかないよ」アマネは継星刀を握り直した。その横で、エリスティアが頷く。「守るべき人がいる。そのために、私たちは前に進む」
ミナが銃を胸に抱え、小さく拳を握る。「……次は、もっと正確に撃つ。みんなの力になれるように」
ジークは大斧を地面に突き立て、笑った。「ああ。次が来るなら叩き潰すだけだ」
燃え跡の空に、星々が瞬き始めていた。だがその輝きの下、闇は確実に広がっている。仲間たちはそれを悟りつつも、互いに支え合い、新たな決意を胸に刻むのだった。
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