街の灯、胸の影
ソレイユ王都の夜は穏やかに更けていた。亜人と人が肩を並べて行き交う光景は、かつての緊張を忘れさせるほど自然なものとなっていた。露店には笑い声が響き、子供たちは種族を超えて駆け回る。その中を歩くのは、勇者アマネ、王太子アルト、そして公爵令嬢クラリスの三人だった。
「ここ、昔はこんなに賑やかじゃなかったわ」クラリスが振り返り、涼やかな笑みを浮かべる。「やっぱり、あなた方が戦ってくれたおかげね」
「戦ったのはみんなで、です。私一人じゃどうにもならなかった」アマネが柔らかく返す。立場をわきまえた敬意の言葉に、クラリスの頬がふっと赤く染まった。
アルトはそのやり取りを横目で見ながら、無言のまま歩を進める。街の灯に照らされるアマネの横顔が、いつも以上に眩しく映っていた。胸の奥に、言葉にならない焦燥が芽生える。
「アマネ、少し寄り道しても?」クラリスが自然に声をかける。敬称を外したその響きは、親しい友人以上の温かさを含んでいた。アマネは一瞬戸惑い、だが断る理由もなく頷いた。
「ええ、もちろん。クラリス様」
二人の距離感に、アルトの胸中には小さな棘が刺さる。王族として冷静であれと育てられた彼が、初めて自分でも抑えられない感情に揺さぶられていた。
◇
三人は広場に出た。噴水の周囲には灯籠が並び、淡い光が水面に反射して幻想的な空気を醸し出していた。クラリスがアマネの隣に並び、ひそやかに囁く。
「アマネ……あなたがこの国を守ってくれて、本当に誇らしいわ」
その言葉にアマネは戸惑いながらも笑みを返した。「私も、この国を守る力になれたのなら嬉しいです」
「あなたの強さは剣だけじゃない。人を惹きつける心がある。だから……私は」クラリスが言葉を飲み込み、微笑みに変える。だが瞳の奥には確かな熱が宿っていた。
二人の声が夜の空気に溶け合う。その様子を見ていたアルトの胸が熱くなる。拳を無意識に握り締め、抑えきれない苛立ちを必死に隠す。嫉妬。だがそれを表には出せない。王子として、勇者の仲間として。彼はただ視線を逸らし、夜空に瞬く星を仰いだ。
◇
広場を後にし、三人はゆるやかな坂道を歩いた。通りには亜人の商人が並び、香辛料の香りや異国の音楽が漂ってくる。クラリスが袖を軽くつまみ、足を止めた。
「ねえ、アマネ。この街を、これからも一緒に守ってくれる?」
問いかけは穏やかだが、その裏には切実な願いがあった。アマネは小さく息を呑み、まっすぐにクラリスを見た。
「はい。どんな闇が来ても、必ず」
その瞬間、アルトの胸に燃えるような感情が広がる。彼の隣を歩くはずの勇者が、他者に心を寄せているように見えたからだ。唇を噛み、彼は心の中で呟く。
(……アマネは俺の大切な人だ。それなのに、どうしてこんなにも不安になるんだ)
王都の夜風は優しく頬を撫でた。だがアルトの胸の内は熱く、重かった。灯火に照らされる二人の影を追いながら、彼は己の感情に気づき始めていた。嫉妬と独占欲――それは新たな試練の始まりを告げていた。
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