白銀の聖獣
アルトの鍛造が始まって三日目。炉の奥ではブリューナが汗を滴らせ、剣と盾を同時に鍛つ重労働に挑んでいた。ファエリアは符を刻み、ミナは黙々と魔力流路を調整している。重く長い工程だ。完成までには、まだ数日を要するだろう。
その間、待機組は森へと足を延ばしていた。鍛造の熱気から離れ、新鮮な空気を胸に吸い込む。だが、森の奥から微かな呻き声が響いたとき、一行の足は止まった。
「今の……聞こえた?」アマネが耳を澄ます。
リュシアが頷き、慎重に木々の間を進んでいく。やがて、罠にかかった白銀の獣が視界に現れた。大きな体躯を持ちながらも、瞳には怯えと痛みが宿っている。蒼い光を湛える瞳、銀糸のような毛並み――聖獣フェンリルの幼体だった。
「こんなところに……」カイルが思わず息を呑む。「深く傷を負っている」
リュシアはすぐにルミナリアを構え、祈りを込めた。杖の先から温かな光が広がり、獣の傷口を癒やす。だが、深手は容易には塞がらない。
「僕も……!」カイルは聖典を開き、必死に祈りを紡いだ。ページが淡く光り、風が周囲を撫でるように吹き抜ける。その風はまるで精霊の加護を宿しているかのように柔らかで、獣の苦しみを和らげていった。
リュシアが驚きの声を漏らす。「……風が、助けてくれている?」
カイルの額に汗が伝う。だが祈りをやめることなく、声を重ねた。「どうか……この命を繋いでください……!」
次の瞬間、フェンリルの体を包んだ光が脈打ち、傷口がゆっくりと塞がっていく。蒼い瞳が再び輝きを取り戻し、震える足で立ち上がった。
「……助かったのか」アルトが安堵の息を吐いた。
聖獣は一行をじっと見つめ、やがてリュシアとカイルの足元へと身を寄せた。頬をすり寄せる仕草は、まるで信頼を誓うかのようだった。
「この子も……仲間なんだね」リュシアの声は震えていた。
カイルは静かに笑みを浮かべ、傷ついた獣の首に手を添えた。「……君の名は――ヴァルディア」
白銀の仔が小さく喉を鳴らす。呼び名はそのまま胸に落ち、灯のように温かかった。
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