祈りの具現—カイル
翌朝、鍛造場の空気はどこか張りつめていた。昨日完成したリュシアの新杖――《継杖ルミナリア》が、すでに彼女の手にしっくりと馴染んでいるからだ。
「本当に……もう使いこなしてるのか?」ジークが腕を組んで目を丸くする。
リュシアは少し困ったように微笑み、杖を胸に抱いた。「星映水晶のコアは、もともと私と共にあったものですから。新しい形でも、心が迷わないのです」
彼女が杖を軽く振ると、庭の先に燃え盛る火球が生まれ、森の大木を一瞬で黒焦げにした。続けて防御結界を展開し、仲間たちを柔らかな光で包み込む。攻防一体、賢者の名にふさわしい力が溢れ出る。
「……やっぱ賢者って反則だろ」アマネが呆れたように笑い、ジークも大声で同意する。「攻撃も守りも一級品かよ!」
リュシアはきょとんとした顔で首を傾げ、「えっと……ごめんなさい?」と小声で答え、仲間たちの笑いを誘った。
◇
一方で、鍛造場の奥では次なる作業の準備が始まっていた。ブリューナが炉に火を入れ、ファエリアが魔法陣を描き込んでいく。カイルのために用意されるのは、杖と聖典という二つの器――治癒と祈りを同時に具現化する大仕事だ。
「これは一日では終わらんぞ」ブリューナが低く言い放つ。「杖はわしが打つが、聖典はファエリアの守備範囲だ。二つを揃えて初めて意味を成す」
カイルは緊張のあまり手を握りしめたまま動けなかった。「……僕に、務まるでしょうか」
ファエリアは振り返り、穏やかな声で告げる。「大切なのは心です。祈りが揺らがなければ、形は必ずついてくる」
ミナも隣で工具箱を抱え、真剣な顔をしていた。「私も手伝うから。魔力流路の刻印は見習いだけど、繋ぎの作業なら任せて」
「……ありがとう、ミナ」カイルは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。
◇
その日の午後から鍛造は始まった。ブリューナの鉄槌が火花を散らし、杖の骨格が少しずつ形を成す。ファエリアは光の糸を紡ぎ、本のページとなる紙片に魔法陣を刻んでいく。ミナは両者の工程を結ぶため、汗を拭いながら走り回り、魔力の流れが乱れないよう細やかに調整していた。
庭では他の仲間たちが訓練を続けていた。アルトは盾の構えに試行錯誤し、ジークは丸太を斧に見立てて豪快に振る。リュシアは新杖の光で仲間に治癒を施し、その度に歓声が上がった。アマネは少し離れた場所で木刀を振り続け、仲間の背中を見守るように目を細めていた。
◇
数日が過ぎた。杖の骨格は完成に近づき、聖典のページには精霊の加護が刻まれつつある。ミナは疲れを隠しもせず、それでも笑顔で作業を続けた。「あと少し……あと少しで形になるよ」
カイルは祈りの言葉を繰り返しながら、両の手を震わせていた。不安と決意、その狭間で、確かな光が彼の胸に宿り始めていた。
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