幻影の武器たち・前篇
湯治場の夜は静かだった。風呂上がりの熱気がまだ体に残り、休憩室の木の香りと相まって心地よい眠気を誘う。仲間たちはそれぞれ湯呑を手に、談笑というよりは余韻に浸るようにぽつりぽつりと言葉を交わしていた。
その空気を破ったのは、ブリューナの一言だった。
「……もう、武器のイメージはできてるからな」
低い声で呟かれたその言葉に、全員が一斉に顔を上げた。
「えっ……?」ミナが湯呑を持ったまま固まる。「い、イメージって……まさか!」
ジークも目を丸くし、思わず前のめりになる。「おい、それって本当か? 俺たちの専用武器のことか?」
ブリューナはニヤリと口の端を上げた。普段は寡黙な彼女のその表情に、全員が息を呑む。
ファエリアが隣で微笑む。「ええ。星映水晶を媒介にすれば、幻影として形を映せます。まだ完成ではありませんが……適性を確認するには十分でしょう」
その言葉に、場の空気は一気に熱を帯びた。先ほどまでの湯上がりの緩さは消え、全員の視線が水晶に集中する。
「……見たい!」アマネが思わず声を上げた。「自分の武器がどんな姿をしているのか……確かめたい!」
「順番に映していきましょう」ファエリアが頷き、手元の星映水晶に触れる。淡い光が広がり、空気が震える。部屋の中央に光の柱が立ち上り、やがて形を成していく。
最初に現れたのは、一本の刀だった。
漆黒の鞘に収められ、抜かれる瞬間を待つその姿は、夜空に星を散らしたような輝きを放っていた。刀身の中を細い光の筋が流れ、まるで天を渡る流星のように瞬く。
「……これが、私の……」アマネは思わず言葉を失った。瞳に映る光景は、これまで共に戦ってきた星映刀の面影を残しつつも、どこか新たな力を秘めているように感じられた。
「星映刀《継星》(仮称)……」ブリューナが呟く。「今の刀を打ち直し、進化させた姿だ。名はまだ仮のものだが……その輝きはまさに継がれる星の力だな」
アマネは喉の奥が熱くなるのを感じた。胸に手を当て、小さく頷く。「……必ず、受け継いでみせる」
光が揺らぎ、次の幻影が浮かび上がる。今度は一本の杖だった。
淡い金色の光を帯びた杖は、先端に灯火のような宝玉を宿していた。その輝きは温かく、見る者の心を包み込む。炎ではない。だが、そこに宿る光は確かに道を照らす炎のように力強かった。
「これは……」リュシアは唇を震わせ、杖に向けて手を伸ばす。「まるで……導いてくれる光みたい」
「星映杖《継灯》(仮称)」ファエリアが微笑む。「君が歩む先に、灯を掲げる杖だ。その光は仲間を導き、闇を払うだろう」
リュシアの瞳に涙がにじんだ。「私に……こんな力が与えられるなんて……」
エリスティアが優しく肩に手を置いた。「貴女だからこそ。きっと相応しい力です」
そして三つ目の幻影が現れる。
風のようにしなやかで、流麗な曲線を描いた弓。白銀の弦は淡い光を放ち、弓身には精霊文字のような紋様が浮かび上がっている。その佇まいは気高く、まるで夜空を切り裂くオーロラのようだった。
「精霊弓」ブリューナが告げる。「精霊との同調を極めし者に与えられる弓。矢は存在せず、精霊の力をそのまま射ることができる」
エリスティアは瞳を輝かせ、弓を見つめた。「……美しい……。これが私の歩むべき道なのですね」
アルトが感嘆の息を漏らす。「……すげぇ。まるで本物みたいだ」
ジークも腕を組んだまま、口元を緩める。「ああ……こいつは確かに本物の力だな」
アマネ、リュシア、エリスティア。それぞれに示された武器の幻影は、彼らの心に強い衝撃を残した。これが完成する時、彼らの力はさらに大きなものとなるだろう。
ブリューナは湯呑を再び手に取り、穏やかな声で言った。「残りの者たちの幻影も、いずれ映してやろう。きっと驚くと思うぞ」
静かな夜に、期待と高揚のざわめきが広がった。
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