月隠れの洞窟へ
王妃エリシアの言葉が、道中ずっとアマネの胸に残っていた。
「きっと力になってくれるわ。ブリューナとファエリア。あの二人に会いなさい」
月隠れの洞窟近郊――そこが目的地だ。勇者一行は王城を後にし、森と丘陵を抜けて北へと進んでいた。夜明け前の空は群青色に染まり、鳥のさえずりがかすかに響く。
◇
「お父さんってさ、ほんと肝心なことは教えてくれないんだよね!」アマネが不満げに声を上げた。背中の剣を軽く揺らしながら、落ち葉を踏みしめて歩いている。
リュシアが笑みをこぼす。「それは前からのことじゃない?」
アマネは口を尖らせる。「だって! こっちは真剣に知りたいのに、いつも『そのうち分かる』とか『自分で考えろ』ばっかり!」
アルトが歩調を合わせ、穏やかな声で返した。「ルシアンさんは、自分で気づくことを促してるんだと思うよ。答えを与えるんじゃなくて、気づくことで力になる。……そういう人だ」
「むぅ……」アマネは頬を膨らませたが、やがて苦笑した。「でも、もう少しくらいヒントくれてもいいのに」
ルナリア王妃フローラはその様子を見て、控えめに微笑んだ。隣に仕えるエリスティアも、わずかに口元を緩めていた。重苦しい旅路の空気が、少し和らいでいく。
◇
やがて森を抜けると、山の岩肌に穿たれた洞窟が姿を現した。入口からは鉄を打つ甲高い音が響き、辺りに微かな熱気が漂っている。月隠れの洞窟――ブリューナとファエリアが拠点とする場所だ。
「ここだね」アルトが剣の柄に手を置く。緊張を隠さぬ仕草だった。
アマネは頷き、皆と共に洞窟へ足を踏み入れた。
◇
中は広々とした工房で、火の粉が飛び交い、金属の匂いが立ち込めていた。炉の前で槌を振るう小柄な影――《鍛冶師》ブリューナだ。短く切り揃えた赤毛、逞しい腕、鋭い眼光。彼女は打ち終えた鉄塊を水に沈め、蒸気の中で振り返った。
「なんだい、見慣れない顔が揃ってるね」低く力強い声が響く。
リュシアが一歩進み出て、恭しく頭を下げた。「お初にお目にかかります。私たちは勇者アマネ一行。ソレイユ王妃エリシア様のご紹介で参りました」
ブリューナは目を細め、アマネを見やる。「ほう、あんたが勇者か。……眼の奥に火があるな。悪くない」
アマネは少し戸惑いながらも頷いた。「あなたがブリューナさんですね。お会いできて光栄です」
そのとき、奥の机から澄んだ声がした。「ブリューナ、客人を睨まないで」
淡い緑の髪が光を受けて揺れる。《魔道具師》ファエリアが姿を現した。繊細な指先で水晶片を撫で、精霊のさざめきを感じ取っている。彼女の瞳は深い湖のように澄み、周囲の魔力を映して輝いていた。
「私はファエリア。魔道具師として、精霊と共に在ります」
アマネたちは揃って一礼する。フローラも静かに歩み寄り、王妃としての威厳を保ちながらも、柔らかく言葉を紡いだ。「王妃エリシア様より、あなた方を頼るようにと仰せつかりました。どうか、力を貸していただけませんか」
ファエリアは微笑み、ブリューナは腕を組んだ。二人は視線を交わし、やがて同時に頷く。
「庵の連中とは昔からの縁だ。あいつらの弟子筋なら、手を貸すのも吝かじゃない」ブリューナが言う。
「人と精霊、金属と魔力――その結び合わせを、あなたたちに伝えましょう」ファエリアの声は静かだが、揺るぎない力を帯びていた。
◇
アマネは胸の奥に熱を覚えた。父からは教えてもらえなかったことを、ここで学べるかもしれない。ミナは目を輝かせ、「弟子入りさせてください!」と勢い込む姿が想像できた。
王妃エリシアの言葉が再び響く。――きっと力になってくれる。
その約束は、今まさに果たされようとしていた。
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